ドンドンドン、ド、ドン
どこかで、力強い太鼓の音が響いている。
音のするほうを振り返っていると、、と名前を呼ばれた。
「 置いて行くぞ 」
「 あ、ごめん、待って 」
何気なく差し出された手を、私は軽く握った。
・・・明彦は、こーいうの、すごくナチュラルなような気がする。
他意はないんだよ?人込みにはぐれないように、って意味で出された掌、なんだよ?
そう言い聞かせても・・・心臓が、治まらない。
少しだけ俯いた私と繋いでいた手に、彼が力を込めた。
「 、大丈夫か? 」
「 ・・・え、 」
「 俯いていたから・・・人込みにでも酔ったか? 」
「 ううん、平気 」
「 そうか・・・なら、いい 」
境内のほうまで行ってみるか、と言って、再び私の手を引いて歩き出す。
たくさんの、人。彼らの頭上を彩る、提灯の明り。
学園のヒトと出会ってしまうかも。地元唯一の、大きな夏祭り。
なのに・・・私の瞳には明彦しか映らない、から、不思議。
白い浴衣姿の、彼の背にしか惹かれない。
ゆらゆら・・・ゆら、ゆら・・・・・・
「 ・・・あ、明彦・・・ちょ、ちょっと待って! 」
「 どうした? 」
「 慣れない、浴衣で・・・その・・・歩き辛くて 」
本当は・・・貴方と過ごす、この『 夢のような時間 』に意識を持っていかれそうで
ああ、私、今だけはワガママ言ってもいいかな
ああ、私、今だけはこの手にしがみついてもいいかな
明彦のこと、改めて好きだって思って・・・溢れる想いに、自分まで飲み込まれちゃいそう
( ・・・なんて、ナルシストな考え、かな )
泣きそうな私を見て、明彦は私の肩をそっと引き寄せた。
そして、境内からちょっと離れた石段に腰を下ろすよう、促される。
「 ・・・悪かったな、気づくのが遅くて 」
「 ううん、明彦のせいじゃないの 」
「 ・・・ 」
「 ん? 」
顔を上げた私の頭を、つい、と寄せて、自分の肩に乗せた。
「 乗せてていいぞ、頭・・・少し休め 」
明彦の吐息が、額に当たる。
シチュエーションだけで身体が固まったのに、思いがけない距離に思考も停止した。
頷く行為すら、彼と離れてしまう気がして、ただ、ただ、フリーズ。
大人しく・・・彼の肩に、少しだけ身体を預けた。
ドンドンドン、ド、ドン
太鼓の音。たくさんの人の声。笑い声とか、客寄せの声、とか。
闇をぼんやりと照らした淡い光の、提灯、とか。
身体を寄せ合っても離さない、手。絡めた指先から、じわりと伝わる温度とか。
時々額に触れる彼の息遣い、とか、頬に伝わる、胸の鼓動、とか。
「 ・・・この時間が、終わらなければいいのにな 」
そう呟いた、貴方の声、とか・・・・・・
すべてが、真夏の夜に魅せられた・・・一夜限りの、幻想だとして、も
一粒残さず掻き集めて、貴方の匂いと一緒に瞼の奥に閉じ込めた
夜 来 香
( 貴方に溺れて、溺れて、私の中が『彼』でいっぱいになればいい )
Title:"Seacret words"
Material:"月影ロジック"
夜来香 / 中国原産の花。「イェライシャン」と読む。夕闇が迫るころに、妖艶な感じの匂いがします。