柔らかな身体を、掻き抱く。






彼女の身体は、どこを嗅いでも、どこを舐めても・・・甘い匂いがする。
目には見えないもの。見えるのは、陶磁器のような肌。
砂丘に浮かぶ月のように、美しく輝くの姿に見惚れる。


「　晴久さま・・・あァッ！はる、ひさっ、さ、ま・・・！　」


その映像は、過去のものか、現在のものかわからない。変わらず傍に居てくれる、恋人の姿。
部屋に響く水音と嬌声の中で、うわ言のように俺の名を呼ぶ。
身体の奥から沸き出でる、熱が苦しいのだろう。絡めた指先に、ぎゅっと力が入った。
貫かれても貫かれても、止まない快感に、彼女は眉を寄せながらもそれを受け入れている。
程なく訪れるであろう絶頂を前に、最後の理性を飛ばそうと喘いだ。
褥に埋もれた腰を引き上げると、の背中が反り返る。
見事な曲線。これが下弦の月ならば、零れる涙は雨の滴。彼女の、俺への愛は、果てしない空。


「　（　だとしたら・・・彼女の『　魅力　』は、まさに砂のようだ　）　」


以外、愛せないよう・・・目隠しされている。
俺の視界に映るのは、目の前に舞う魅惑の砂と、頭上に広がる空のみ。


「　（　目隠ししているのは、誰の手だ？　）」


それは案外、自分の手かもしれない・・・とも、思うのだ。
俺は一国の主として、友を思い、国を思う。掌だけでは受け止めきれず、零れ落ちるものも時にはある。
しかし、唯一人の男として。彼女だけを愛していたい、彼女だけは零せまい、と思うからこそ・・・。




俺は果てしない夢を見る。
一千一夜、恋焦がれる彼女だけを、この腕に抱いて・・・抱いて・・・・・・。


































・・・なのに、抱き締めたつもりの彼女が、掌の中から、零れ落ちる。


さら・・・指先を滑る感触に、背筋が凍る。自分の身体の一部を失われていくよう。
先程までの熱が、幸福が・・・一瞬で崩れ去り、心の中を虚無が襲う。










驚きと、悲しみと、狂気が




俺の中で渦を巻き、激しい嵐になろう、とし、て・・・・・・・・・


































「　・・・・・・くん、晴久くん！もう、晴久くんってば！！　」
「　・・・・・・・・・・・・あ？　」
「　『　あ？　』じゃないでしょ、起きて！！　」


ぺしぺし、と小さな手が、怒ったように俺を叩く。
彼女の肩越しに差し込む光が眩しくて、片手で顔を覆い背けると、起きる気がないのだと思ったのだろう。
んもう！と声を上げて、両手で思いっきり身体を揺さぶる。


「　はーるーひーさーッ！今日は早めの出社だから、先に出るんだーかーら！！　」
「　早め？・・・ああ、そういやお偉いさんの来るプレゼンテーションとかって・・・　」
「　そう！準備で出ちゃうから、その前に起こしておいて欲しいって言ってたじゃない　」
「　・・・・・・そう、だったな　」


呆れたようなが、長い溜め息を吐く。
指の隙間からこっそり見れば、ぷう、と頬を膨らませているのが、愛らしい。
思わず零れた笑みに気づいたのか。が、こちらを向く。
盗み見ていた俺の視線に、はっと顔を赤くして、目を吊り上げて怒り出した。
・・・そろそろ彼女の言う通りにしてやらないと、機嫌を損ねかねない。


「　わかったわかった、起きる　」
「　よろしい！・・・・・・って、まず、もうこんな時間ッ！！　」


飛び上がらんばかりの勢いで、は部屋から出て行く。
俺は諦めて身体を起こして、欠伸をひとつ。
ベッドサイドにあったスリッパに足を通し、身体を伸ばしていると、廊下ですれ違ったが悲鳴を上げた。
パタパタと走り寄って来て、パジャマの胸元を掴むと（　お、積極的だな　）ばっと閉じた。
そして、頭一つぶん背の高い俺を、真っ赤な顔できっと睨む。


「　は、恥ずかしいと思わないワケ！？　」
「　・・・何がだ？　」
「　パジャマ着てても、ボタン全開だったら着てる意味ないでしょうが！　」
「　はあ・・・あのなあ、俺はむしろ褒めて欲しいくらいだぜ。
　　お前を抱いた後なんか特に、汗もかくし、体温も感じたいし、本当は裸で寝た・・・　」
「　ははははは裸なんかで寝てたら、びっくりするでしょ！！　」


私が！と絶叫するの姿が子供のようで、堪らず吹き出せば、それがまた火に油を注いだらしい。
彼女はテキパキと手際よく、俺のパジャマのボタンを一番上までかけて。
ささやかな仕返し、とばかりに、どん、と胸をひとつ叩いて、玄関まで走った。


「　それじゃあ、いってくるからね！！　」


玄関先においてあった、愛用のベージュのバッグの中身を確認して。
靴箱の中から、今日の服装に合ったパンプスを素早く選んで、放った。


「　テーブルの上に朝食、用意してるから、スープだけ温めてね。帰りは・・・　」
「　なあ、。朝のいつものやつ、は？　」
「　・・・いつものやつ？？　」
「　『　いってきます　』の、キ、ス・・・って、やつ　」


つん、と柔らかい頬を突けば、桃色に頬を染まるが、目は釣りあがったままだった。
（　あー・・・もしや、手遅れだったか？　）
俺を無視して立ち去ろうとした彼女を、後ろから捕まえる。な・・・ッ！？と驚いた声。
襟元を、猫のように摘み上げて、露になった項に・・・口付けをひとつ。
の身体が凍りつくが、キスした項から一瞬にして広がる、熱。


「　俺は、お前の愛なしには、生きていけねえよ・・・　」
「　・・・は、る、　」
「　好きだぜ、。今日も気をつけて、頑張ってこいよ　」


背中ごと抱き締めてやれば、彼女の肩の力が、少しずつ抜けていく。
宥めるように自分の身体に回った腕を、数度撫でて、くるりと身体を反転させた。






「　ありがと・・・晴久くん　」






今度こそ、彼女からの『　いってきます　』のキス。


目を合わせた彼女が、にこりと微笑む。
それは何年、一緒に居ても・・・ずっとずっと、永遠に俺を虜にする『　笑顔　』で。
（　おかげ様で、いつだって俺はそんな彼女にベタ惚れなんだ　）






「　いってきまーすっ！！　」
「　おう！　」


片手を上げた俺に、手を振り返して、玄関を飛び出していった。
閉じそうになった扉を捕まえて、そっと外を覗けば・・・。
マンションの廊下で、何も無いタイルの上に転びそうだったり。
飛び出していったものの、なかなかエレベーターが来なくて地団太を踏んでいたり。


そんな彼女の様子に、苦笑が漏れた。
エレベーターの中に消えていった姿を見送って・・・俺は、扉を閉じて鍵をかける。


「　（　さーて・・・俺も、用意をするか　）　」






悪夢なんかに、翻弄されない。
見ていた夢が、どんなに過去のものでも、昔の『　俺　』でも。






今・・・『　此処　』にある幸せが、俺の全て、で。


時間の流れなど関係なく、が居てくれる『　場所　』が・・・俺の、居場所だ。






まずは、忙しい朝でも彼女が作ってくれた朝食を食べるとするか（　スープは温めて・・・だったな　）
陽の差すリビングと、その奥にあるキッチンに入り、コンロの上に置かれた鍋に火をつける。


そこから漂う『　幸せ　』の匂いに、俺は瞳を閉じた・・・。






気がつけば、心を巣食っていた悪夢は消え、先程見た・・・愛しいの笑顔が、胸の中を満たしていた。

夢落ちのハッピーエンド