鼓膜の奥まで、劈(つんざ)くような悲鳴。
 それが自分の口から上がったものだと認めるまで、少しの時間を要した。


 まるで


 ワルツにエスコートするかのように、回された腕も。
 足先から闇に染まっていく恐怖感も。
 目の前に広がる血の海も。
 そこに横たわる、愛しいヒトの肢体も。






 ・・・すべてが、夢のようで・・・全く現実感がなかった。
 ( 違う、夢ならばと願ったからだ )






「神田、神田、神田、神田ぁぁぁっっ・・・!!!」


 彼に駆け寄ることも叶わず、ただ声をかけることしか出来ない自分がとても悔しい。
 見た目よりしっかりと筋肉のついた腕は、一向に離す気配がない。


「コラコラ、暴れるなって」


 けらけらと面白そうに笑ったこの男を。
 心底・・・恐ろしい程醜い感情で、『殺してやりたい』 と思った。


「・・・・・・っ・・・・・・・・・」
「大人しくしてろよ。に免じて、この場でお前を殺さないでやるんだ」


 ぐぐ、っと小刻み震えながら上半身だけ起こした神田は、きっと敵を睨んだ。
 『助けて』 とも 『もう無理しないで』 とも、今の彼に言うことは出来なかった。
 そうやって色々な感情が私の心をざわめつかせる間も、"闇"は私を侵食する。






 怖かった。
 悲鳴を上げて、自分を悲観して泣き叫びたかった。
 いっそ、『私』 を手放してしまった方が楽なのかもしれない、とまで思った。
 彼に・・・ティキに捕らわれた瞬間、即座にもう逃れる術はないのだと理解したから。
 けれど、私を必死に助け出そうとする神田を目の前にして。
 それは許されなかった。






「手放しちまえよ。そんなちっぽけなプライド、なんてさ」


 見透かしたように耳元で囁かれた言葉。
 けれども、心を揺らがせるには十分な威力を持っていた。
 にこーっと優しく微笑んだかと思うと、今度は神田に視線を移動した。
 神田も警戒するように、ティキを睨む眼光を強める。


「大丈夫。を殺したり、誰かに殺させたりとか、絶対しないし、させないから」











 でも・・・・・・コイツという 『 人 形 』 が、どうしても欲しいんだ











 子供が玩具を欲しがるのと、同じ感覚で。
 ティキはパチン、と指を鳴らした。
 ずずず・・・と、這い上がる速度が速くなる。堪えきれず、恐怖に顔を歪めた。


ーっっっ!!!」


 神田の悲痛な叫びが聞こえた。
 "闇"に飲み込まれた喉は、もう彼に 『救い』 を求めるコトが出来なかった。






 神田・・・・・・神田・・・・・・か・・・ん、だ・・・・・・・・・っ・・・






 涙で視界が濁る。






 やめて。
 せめて最期の瞬間まで彼を映させて。
 瞼の裏に焼き付ける。闇の中でも思い出す為にも。
 命尽きるまで、彼を想い続ける為にも。














 その色に染まった瞬間。
 彼の漆黒の瞳から零れ落ちた涙だけが・・・







 真珠のように光り輝いていた











揺らいだ






視界






向こう側








( 暗闇の中でも、私は貴方を見失ったりしない )