妙な足音に気づいたのは、ちょうどベッドに入ろうとした時だった。
男子は2階、女子は3階。
男性諸君は4階の作戦会議室に上がる時、及び緊急時以外は3階に立ち入らないこと。
それが、この寮の掟だ。
・・・まあ、でないと。
順平みたいなヤツが、平気で転がり込んだり( 有り得る話だ )
女子の誰かが、男を引きずり込んだり( ・・・うちの女性諸君は有り得なさそうだ )
「 ・・・ん? 」
1人の足音なら、気にも留めないが。
明らかに乱れているのは、複数の足音だったからだ。
それも、相当慌てているような・・・。
俺は、ベッドに入りかけた足を止めて、部屋を出た。
「 あ、真田先輩 」
騒ぎに気づいたのは、俺一人ではなかった。
3階へと続く階段を見上げているのは、やはり就寝前の様子の、順平だった。
「 なーんか上が騒がしいんっスよね。ここは俺が行って・・・ 」
「 いや、お前だとややこしくしかねないからな。俺が行こう 」
「 とか何とか言っちゃって!!ちゃん、襲いに行くつもりじゃあ・・・ 」
「 順平 」
茶化しだした順平を、ぎらりとひと睨みすると。
彼は、ちょっと驚いたように肩をすくめて、冗談っすよーと苦笑いを浮かべた。
「 原因を突き止めてくる 」
敵、ではないはずだ。寮に、殺気は満ちていない。
けれど、順平の言う通り・・・ではないが、に何かあったら・・・。
俺は躊躇うことなく、3階へと駆け上っていった。
「 真田先輩! 」
足音の主たちは、一つの扉の前で佇んでいた。
何かを囲むように、円を組んでいる。
「 明彦・・・感心しないな。ここは男子禁制の場所だ 」
その輪を外れて、俺へと歩み寄る美鶴。
間髪いれずに、俺を窘(たしな)める彼女に、後ろにいた岳羽が声をかけた。
「 き、桐条先輩・・・真田先輩は、心配して見に来てくれたんじゃ・・・ 」
「 しかし、それでは寮則に・・・ 」
「 緊急時、ですよ、コレって。それに・・・ 」
岳羽が言葉に詰まって・・・後ろを振り返る。
彼女と美鶴の間に、床を見下ろしているアイギス。
そして、その床にうずくまっている『 誰か 』の肩を抱く、山岸・・・。
「 ・・・? 」
小さく、それは小さく小さくなって。
彼女は自分を抱き締めて、がちがちと震えていた。
美鶴たちの間を抜けて、俺はすぐさま彼女の元に駆け寄った。
「 、おい!どうした!? 」
「 ・・・は・・・っ、あ、きひ・・・ 」
金魚のように口をパクパクさせて、声にならない呼吸音だけが漏れる。
隣の山岸が、あの、と躊躇いがちに口を開いた。
「 さっき急に、先輩の部屋から悲鳴が聞こえて、駆けつけたんですけど。
廊下に飛び出してきて・・・それからずっと、こんな状態なんです 」
ひきつけ、というより、錯乱状態に近いだろう。
・・・とにかく、このままにさせとく訳にはいくまい。
俺は、座り込んだ彼女の背中に手を回し、抱きかかえた。
「 おい、明彦。一体・・・ 」
「 部屋に運ぶだけだ。お前たちも、もう休め。明日は学校だろう 」
「 しかし・・・!! 」
「 抵抗できないヤツを襲うほど、落ちぶれちゃいないさ。信用してくれ、美鶴 」
「 ・・・わかった 」
いまいち納得のいかない顔ではあったが。
岳羽や山岸に宥められながら、部屋に戻っていく( ・・・借りが出来たな )
アイギスも、姿が見えないところを見ると、自分の部屋に戻ったようだ。
を抱いて、彼女の部屋の扉をくぐる。
・・・そういや、初めて、なのか。
部屋には、月明かりのみだったので少々見え辛いが。
統一された家具の色が、いかにも彼女らしい。
クスリ、と俺は笑って。
一番奥にある鎮座するベッドの上に、そっと彼女を座らせた。
「 ・・・もう、大丈夫か? 」
彼女の震えは、もうだいぶ治まっていて。
は、ゆっくりと俺と視線を交えて、上下に首を動かした。
・・・部屋を立ち去るのが、遅ければ。
順平の余計な冷やかしと、美鶴の長い説教を喰らうことになる。
頷いたのを確認し、早々に部屋を立ち去ろうとするのを見て、が叫んだ。
「 ま、待って! 」
伸びた手が、俺の服の裾を掴む。
予想していなかった彼女の行動に、俺は体制を崩して・・・。
そのまま、2人、ベッドにダイブした。
「 きゃ!! 」
「 く・・・! 」
ベッドの縁にぶつけそうだったの頭を、左手で庇う。
すると・・・必然的に、彼女を、抱き締める体勢になってしまって・・・。
シャンプーの香りが、ふわりと匂ったこと
上に乗った彼女の身体が、とても軽かったこと
自分の理性を総動員しなければ、美鶴の信頼をいとも簡単に壊してしまうこと
俺は・・・自分が『 男 』だったことを、今日ほど呪ったことは、ない
「 夢を、ね・・・見たの 」
胸の中で、もぞ、と動いた柔らかい身体。
俺の葛藤など知らずに・・・がポツリ、と零す。
「 夢? 」
「 影時間から戻れなくて、私だけ・・・独り、残されてしまう、夢 」
ぽつーん・・・と、私だけ。
みんなを、遠くから見ているの。
朝が来て、学校が始まっても。誰も、私がいないことに気づかない。
繰り返される日常。いつもと同じ、学校生活。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来て・・・一年が過ぎても。
・・・・・・『 私 』の時間だけが、止まった、まま。
「 凄く、辛くて・・・影時間を、迎えるのが・・・怖くて・・・ 」
は、再び身体を震わせて・・・俺のタンクトップを、きゅ、と握り締めた。
「 このまま、夢のように・・・誰にも、気が付かれないまま・・・
消、えて・・・しまうんじゃ、ないかと・・・ 」
「 ・・・ 」
見下ろした彼女の頬に、光るものが伝っていく。
涙。伏せられた睫にも、雫が宝石のように散りばめられていた。
・・・美しい、と思った。
今まで見たどんな芸術品も、この瞬間の光景には、色褪せてしまう。
「 ・・・お前は、此処にいるじゃないか! 」
衝動的に、彼女を抱き締めて。
小さな悲鳴が聞こえたけれど、それを無視して、耳元で囁く。
「 何も恐れることはない。お前は・・・は、確かに此処にいるから。
辛いなら、怖いなら、ずっと抱き締めてやるさ。俺の、腕の中に・・・ 」
ドク、ン・・・
聴こえてくるのは、俺の鼓動なのか。彼女の鼓動なのか。
二つの音が重なり・・・少しずつ、落ち着いていく。
彼女の身体の緊張が、ほぐれていくのがわかった・・・。
「 あ・・・明、彦・・・く・・・っ 」
「 ・・・ん?どうした 」
「 く・・・ 」
「 ・・・く? 」
「 く、る、し、い・・・っ!!! 」
そこで初めて・・・自分が、どれだけ力を込めて、抱き締めていたかを知った。
「 あっ、す、すまない!! 」
「 え、きゃあっ! 」
慌てて身体を剥がすと、を支えていた左手まで離してしまい。
彼女は、悲惨な音を立てて・・・ベッドから落ちた。
腰を擦っているに、もう一度謝ると・・・。
クスクスと、笑い声が聞こえてきた。
「 ふふ・・・明彦、ありがとう 」
手の甲で涙を拭う。彼女に・・・笑顔が戻っていた。
いや、と呟いた俺も、きっと笑顔になっているだろう。
・・・そう、それでいい。
いつでも彼女が笑顔でいてくれること。それが、一番大切なんだ。
はベッドに入ると、おやすみ、と呟いた
俺は振り返って、おやすみ、と言ってから、扉を閉めた
月明かりを背に、微笑んだの姿を・・・瞼に焼き付けて
パタン、と閉まる音を確かめてから、俺は彼女の部屋を後にした
寝静まった廊下を歩く、足取りが軽い。このまま寝てしまうのが勿体無いくらいだ
頬が、この上なく緩んでいるのが・・・自分でも、解った
今夜は・・・いい夢が見られそうだ
充電完了。
( 次の日・・・結局、順平と美鶴から被害を受けることになったが )
Title:"Endless4"
Material:"Abundant Shine"