October 2015


Una piena luna. with 馬超


「若ぁ。かなり話、盛っちゃってない?」
「失礼な奴だな。全て起こったありのままだ」

 冗談だよ信じてるよぉと笑う馬岱に、馬超は不服げだ。

 あの日から暫く経つ。
 出陣していた馬岱もあの後すぐに帰還し、今は二人で職務に励んでいる最中だ。

「それにしても若、仕事溜めすぎだよ。俺のより倍あるんじゃない?」
「馬岱、手伝ってくれ」
「勘弁してよお、自業自得でしょ」

 それどころではなかったんだと訴える馬超を、馬岱は適当に流す。

 馬岱には話しておきたいと、馬超はに了承を得てから、事のあらましを馬岱に話した。
 馬岱も最初は驚いたようだったが、「それで若の傷は癒えたんだね」と終いには笑ってくれた。

「それにしても、若。殿にちょっと冷たいんじゃない? そんな壮絶な経験をして、それを全て覚えた状態でその時いたんでしょう。どうしたいとか、そんな言い方で良かったの」
「うるさい。なぜお前にそう言われなければならない」

 掘り返されたことに馬超は眉を顰める。
 確かにに対して厳しく告げた言葉もある。
 だがが馬超に委ねようとしたのは明確であった。
 それほどまでには、自分の力で立ち上がることを苦しみ、恐れていた。過去の経験がをそうさせていた。
 だが馬超はそうさせなかった。
 寄り添う優しさと、背中を押せる優しさがあるとしたら、馬超は後者なのだろう。

「人は己の足で立ち上がり、道を見つけて進まねばならない。他者に委ねばかりではその者の人生を歩むことはできない。誰だってそうだろう。俺もお前も、自分の足で立ち上がり進んできたはずだ」
「うん、まあ途中で迷ったりもしたけどね」
「俺がに出来るのは、間違えないよう共に歩み続けることぐらいだ」
「二人とも間違ってたら?」
「お前が止めてくれるだろう」

 それを他人任せって言うよねと笑う馬岱に、馬超も笑う。
 こんな話をするのも、の話を素直に受け入れてくれるのも馬岱だけだろうと、馬超は笑う。

「そういえば、若」

 なんとなくだけど、殿の主は、きっともう。
 馬超は頷いた。

「あいつの耳には、いずれ。やっと落ち着いたところだからな」

 その時だった。扉を叩く音がした。
 外から声がする。だった。
 馬超が名前を呼ぶと、恐る恐る室の扉が開いた。

「ごめんなさい、お仕事中でしたか?」
「ああ、大丈夫だ。用事は済んだのか?」
「はい」

 早かったなと応える馬超に、はいつも通りだったと応える。
 に掛かった暗示がどういうもので、また今後も彼女自身に影響があるのであれば、それを取り除かなくてはならない。
 馬超は渋々諸葛亮を頼り、事情を話した。
 諸葛亮は羽扇を揺らしながら、「協力しましょう」と答えた。
 それ以降、諸葛亮の信頼できる術師――本当にいたとは驚いたが――に、治療を施してもらっている。
 経過は良好であり、暗示も含め、心身も今のところ落ち着いている。

「終わったらお腹空いちゃいました。ごはん作って待ってますね」
「また飯か。お前太るぞ」
「だって食欲の秋ですから」

 うふふと、は笑う。食欲に関しては相変わらずであった。

 あの夜に出会った『人間味のない』に会うことはもうないだろう。
 時折、思い出したかのようには泣き出すことがある。
 だがもう、「人間になりたい」とは言わない。
 今のはどんな姿をしていても、どうあがいたって、人間なのだから。

 一歩一歩、歩いていけばいい。
 二人でならその道のりも、苦しくない。

「馬超さま」
「なんだ」
「わたし、馬超さまがだいすきです」

 唐突になんだと馬超が答えれば、はもじもじしながら、えいと唇を重ねてきた。
 思わず受け止めながらも、しまった馬岱が、と馬超が視線を動かす。
 馬岱は気を利かせて立ち去ったあとだった。
 無理矢理から唇を離して、息を吐く。
 不安そうなに、今度は馬超から唇を重ねた。二人は止まりそうになかった。

- written by うい -

2015-10-06