俺達研究生のシングルと同日発売になるシトラスの新曲は、破天荒な天才女医が主人公の高視聴率医療ドラマの主題歌だ。ここ数年、どの局のテレビドラマも視聴率が昔よりも下降気味と言われているが、この医療ドラマは毎年シリーズを重ねるごとに視聴率を伸ばし、今放送中の第3シリーズも常に20%以上をキープしている。
 更に第1シリーズから主題歌はずっとシトラスが担当していて、去年ディスク大賞を獲った曲「リアリティ」も、このドラマの主題歌だった。
 高視聴率ドラマの主題歌に使われているということは、週に1度だけとはいえ全国の大勢の視聴者が何となくでも耳にしているということだ。
 ドラマの視聴率と主題歌の売り上げが完全に繋がっているとは言い切れないが、セールス的にはかなり有利になるだろう。


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 俺フェスティバル発売日の翌日19時、この時の俺は夜公演の最中でリアルタイムで初日売り上げをチェックすることはできなかった。それは今このステージに立っている俺以外の研究生や観客席のファンも一緒だが、俺は申し訳ないと思いながらも公演中は不安だった。もし前の2曲よりも極端に売り上げが減っていたら……。
 やがて公演のセットリストが全て終了し、研究生による観客への挨拶を残すのみとなった時、突然ステージ後方の壁に「緊急速報」という文字が大きく書かれた映像が映し出された。それを見て俺達や観客席は何が始まるのか分からずざわめく。
 そして次に、今日は別の仕事で公演に出られなかった伊織の上半身が映る。
『皆さんこんばんは、伊織です。本日は僕達研究生の劇場公演に来てくださってありがとうございます! 今日の公演には出られなかった代わりに、皆さんが気になっているはずの「あの結果」を僕からここで報告したいと思います。そう、昨日リリースされた新曲「俺フェスティバル」の初日順位と売り上げ枚数です!』
 今流れている伊織の映像はどうやらリアルタイムではなく、この公演の最中にどこかで撮影したものを流しているらしい。
 前のシングルではやらなかった形での結果報告に、劇場内にいる皆が沈黙して映像の伊織を見守る。
『それでは発表します! 俺フェスティバル初日順位は……2位! そして初日の売り上げ枚数は、18万枚です!』
 伊織の報告を聞いた観客席、そしてステージにいる研究生達から大きな拍手と歓声が起こった。18万枚といえば、初日10万枚前後だった前の2作を大きく上回っている。俺は自分の中でずっと張り詰めていたものが急に緩んで、今立っているステージの上で膝をついてしまいそうだった。
『今夜は僕らの中で売り上げを1番気にしている人が公演に出ていると思うので、皆さん拍手で労ってあげてください! 良かったね、水無瀬!』
 再び起こった拍手に、俺は今度こそ溢れてきた涙を止められなかった。
 研究生の人気ナンバーワンが映像のみとはいえ、サプライズで皆の前に姿を見せたこともあり、今夜の公演は色々な意味で盛り上がった。
 俺のセンター決定に最初は抵抗を感じていたらしい伊織ファンも、ネットでの俺に対する攻撃も無くなりもう何も言わなくなっていた。伊織のように華やかなパフォーマンスはできなくても、俺フェスの詞や曲の世界を自分なりに精一杯表現したいという気持ちが伝わったのかもしれない……と勝手に思っている。
 公演後に改めて調べてみると2位の俺達の上にいる同日発売の1位は、センター兼エースのアヤが率いる『女帝』シトラスだ。今回もやはりシトラスには追いつけなかったが、悔しさや哀しさは感じなかった。向こうとは圧倒的に格が違うということもあるが、今までよりずっと大勢の人達が俺がセンターになった曲のCDを買ってくれたのだから。


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 俺フェスは週間売り上げでもシトラスに次ぐ2位で、初日以降も売れ続けて累計22万枚にまで届いた。研究生シングルの中で、発売1週目で累計が20万枚を超えたのは今の時点で俺フェスだけだ。
 更にカラオケランキングのほうでは、初めての1位を獲得した。俺達研究生のファン層は圧倒的に女性が多いが、俺フェスをカラオケで歌ってくれる男性客が増えているらしい。
 俺は何だかんだ言ってゲイなので、男が俺のセンター曲を歌ってくれているという事実に興奮……いや、とても嬉しい。


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「だから言ったでしょ、みいちゃんからはスターの匂いがするって」
 呼ばれた事務所で、寺尾は社長の椅子に背を預けながら得意気にそう言った。
 同日発売のシトラスには順位も枚数も敵わなかったが、寺尾にとってはシトラスに勝つことが目的ではないようだ。あくまで俺達研究生が、シトラスと同じ土俵で勝負できるように押し上げていくこと。
「最初の頃よりテレビでも積極的に喋れるようになったし、今回の新曲で知名度も上がった。アタシの期待に、みいちゃんはしっかり応えてくれてるわよ」
 努力を認めてもらえたのは嬉しいが、やはり俺フェスが予想以上に売れたのは寺尾の戦略と夏本が作った歌詞や曲がうまく波に乗ったことが大きいと思う。
 事務所を出た後、ビルの入口に立って俺を待っていた伊織が顔を上げてこちらを見る。
「早かったね、じゃあ行こうか」
「ああ」
 夜公演の後に事務所に向かったので、外に出た時にはもう夜の9時を過ぎていた。これから2人で伊織が住むマンションに行く。実は俺が伊織の家に行くのは、今日が初めてだ。
「別に僕の家に水無瀬を呼ぶのが嫌だったわけじゃないよ、水無瀬の家でエッチするのが好きなだけ」
「何だそれ」
 伊織は俺の突っ込みに何も答えず、ただ意味深に笑いながら俺の腕にしがみついてくる。夜とはいえ、人通りも多い街の中で。
 交差点で信号待ちをしている時、街頭の大きな画面に俺フェスのCMが映し出された。アフロ頭に白スーツ姿の俺が、サングラスをかけてセンターで踊っている。30秒バージョンのCMのラストで『今夜だけは、俺が主役。』というキャッチコピーが、2種類のCDジャケットと共に画面に現れた。
 去年の春頃、ゲイビデオの男優をしていた俺は不人気と実力不足を理由に、突然事務所を解雇されて途方に暮れていた。家賃が払えなくなればもう北海道へ帰るしかない状態だった俺に声をかけてきたのが、大手芸能事務所の社長である寺尾だった。あの日から俺の人生は、予想もしていなかった方向へと大きく変わったのだ。
『端役のゲイビデオ男優からアイドルグループのセンターに……「主役」の魔法にかけられた、男版シンデレラ』
 微妙に気恥ずかしい見出しのそれは、俺フェス発売から1週間後に掲載されたネットニュースの記事のものだ。俺が変装してディスコで一夜の主役となるPVと、これまでの俺の経歴を重ね合わせて好意的に書かれていた。
 伊織と一緒に歩いていると、女性3人組が声をかけてきた。今まではこういう時に囲まれるのは伊織だったが、今ここにいる女性達は俺目当てで来てくれたようだった。3人全員と握手した後も、まだ信じられない気分だ。
「人気あるじゃん、水無瀬」
 そう言いながら拗ねた顔をする伊織の手を改めて握り直すと、俺は予定通り再び駅に向かって歩き出す。


 平凡で目立たない俺が主役になれた。そんな物語が、確かにここにある。




第4部/完

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