水無瀬がアイドルになったらしい。
 本人からそれを聞いた時はあまりにも信じられない話だったので、矢野は返す言葉を失ってしまった。
 しかもゲイビデオ男優として所属していた事務所を解雇された数時間後に、公園のベンチに座っていたらスカウトされたという。
 どう見ても水無瀬はアイドルという雰囲気ではなく、かと言ってゲイビデオ男優がはまっていたというわけでもなかった。本当に、矢野が初めて水無瀬と会った時は普通の学生だと思い込んでいたのだ。
 最初は水無瀬も乗り気ではなかったが、新しい仕事も見つからない状態だったので当面の生活費を稼ぐために芸能事務所と契約をして、アイドルの研究生になった。
 研究生は無料でレッスンを受けられる代わりに、専用の劇場で行われる公演に出て金を稼ぐ。裸になるかならないかの違いだけで、人の前でパフォーマンスをするという部分は前の仕事と変わらないと、水無瀬は言っていた。
 更に先輩だが年下の、とんでもなく偉そうでむかつく奴がいるという愚痴も漏らしている。
 セックスフレンドという関係とはいえ、矢野は水無瀬が普段どういう生活をしているか、何を考えて過ごしているかに興味があるので、雑談でも愚痴でも積極的に耳を傾けていた。
 会うたびにセックスだけをして別れるのは味気ない。最初から密かに水無瀬に対して本気だった矢野はそう考えている。
「なあ矢野さん、今日はわがまま言ってもいいかな」
 入ったラブホテルでシャワーを浴びた後、ベッドに腰掛けてキスをしていると水無瀬がためらいがちにそう言ってきた。
 いつもならキスを終えると、待ちきれないと言わんばかりに水無瀬は矢野をベッドに押し倒しているところだ。
「どうした?」
「俺……あんたに、抱かれてみたい。ずっと俺が抱く方だったけど、確か矢野さんはどっちもいけるんだよな?」
 矢野は予想外の展開に驚いて、目を見開いて水無瀬を凝視してしまった。
 水無瀬を抱くというのは、前からの矢野の願望でもあった。水無瀬に抱かれるのは嫌ではなかったが、水無瀬は矢野に挿入して数分も経たないうちに達してしまうので、正直言うと物足りなさを感じていた。
 それでも矢野は、俺に抱かせろとは言わなかった。仕事でもないセックスなら、水無瀬のしたいようにさせたかったからだ。
「俺は構わねえが、本当にそれでいいのか?」
 水無瀬の耳元で囁きながら、矢野は引き締まった水無瀬の脇腹から腰へと手のひらを滑らせる。ぴくっと身体を震わせて反応する様子が、たまらなく愛しい。
「いいよ……だって俺達男同士だし、どっちが突っ込んでも突っ込まれてもおかしくねえから、っ……」
 水無瀬が喋っている間も、矢野は無言で水無瀬の乳首を指先で引っかいたり、摘まんだりして反応を楽しんだ。そうしているうちに水無瀬の性器は上を向いていた。
「前も言ったけど俺、セックスで後ろの穴使ったことねえんだ。ゲイビでもずっとタチ役ばっかりだったし、慣らすのとか面倒くさくて矢野さんに迷惑かけるかも」
 俯きながら矢野にバックバージンであることを訴えてくる水無瀬を押し倒し、深く口づける。
 じわじわと昂る興奮を隠すのが難しくなった。顔がとんでもなく美しいわけでもなく、上手く誘惑してくるわけでもない、そんな不器用な水無瀬だからこそ好ましく思う。
 矢野は自身の股間に水無瀬の手を導いて、そこを握らせる。何も言わなくても、水無瀬は矢野の性器を扱き始めた。熱い息を吐きながら身を任せていると、水無瀬は小さく笑った。
「矢野さん、もう勃ってるよ」
「お前のせいだ」
「それって俺で気持ち良くなってるって意味、だよな……嬉しい」
 健気なことを言いながら更に扱く水無瀬の手を止めて、矢野はローションの容器から中身を指に垂らして絡ませる。最初は人差し指1本だけで穴の入口を少しずつ解していく。
 円を描くようにローションをそこに馴染ませて、指が入るようにする。水無瀬の様子を確かめながら、指をゆっくりと中に沈めた。
「あ……指が、入ってくる」
「大丈夫か?」
「うん、平気だよ。あんたが優しくしてくれるから、痛くない」
 息を乱しながら水無瀬は矢野の指を受け入れる。きつい締め付けを感じながら、ここに性器を挿入した時の想像をしていた。それだけで、亀頭に先走りが浮かんで止まらない。
 中で指を動かしながら、水無瀬の弱い部分を探る。そこを執拗に攻めていると水無瀬の喘ぎが激しくなり、矢野は入れる指を2本に増やす。
 もうすぐここが、矢野の性器の形に拡がるのだ。
「指だけで、こんな、おかしくなっちまうなんて……俺、知らなかった」
「これからもっと、おかしくなるんだ」
「なりたい、だから早く……矢野さんの挿れて」
 今まで聞いたことのなかった、水無瀬の縋るような声。矢野は指を抜くと水無瀬の両足を広げて、用意していたコンドームを性器に被せた。
 すっかり解れてローションで濡れた穴をひくつかせながら、水無瀬は矢野を待っている。冷静な振りをしながらも、獣のように水無瀬に襲いかかりそうな自分を必死で抑えつけていた。
「ちゃんと着けてくれるんだな」
「当たり前だろ」
「俺は、矢野さんなら着けないままでも……」
 初めてのくせに無茶なことを呟く水無瀬に何も答えずに、矢野は水無瀬の両足を肩に乗せて腰を沈めていく。慣らしたとはいえ中はまるで侵入を拒むように狭く、矢野をきつく締め付けてくる。
「あ、あっ……! すごい、でかいよ……」
「水無瀬……奥までいくぞ」
 ずぶずぶと音が立ちそうなほどローションで濡れた腸壁をかきわけながら、ようやく根元まで性器を押し込んだ。
 挿入する前よりも硬く、体積が増したそれが水無瀬の中に全て埋まっている。
 その証である結合部を見下ろして、矢野は改めて水無瀬とひとつになったことを実感した。
 隠し続けていた水無瀬への想いを、今ここで打ち明けてしまいたい。今すぐ恋人同士になれればどんなに幸せだろうか。
 しかし、水無瀬が矢野の告白を受け入れてくれるとは限らない。自分達の関係はセックスフレンドで、それ以外の何物でもないのだから。
 アイドルになった水無瀬は、自由に恋愛ができなくなっている可能性もある。そう考えるとやはり告白はできないと思った。それどころか、もっと大きな辛い決断をすることになるかもしれない。
 動きを止めて黙っている矢野を、水無瀬は不安そうに見上げている。
「どうしたの、矢野さん」
「……いや、何でもない。動いていいか」
「いいよ……」
 誘われるままに腰を前後させて中を犯すと、水無瀬は淫らな声を上げて矢野を抱き寄せてキスをせがむ。
 舌を絡ませながら腸壁を擦り、コンドームの薄膜越しに伝わる中の熱さを味わう。
「最初は苦しかったけど、俺……尻の穴拡げられるの好きかも。癖になっちまいそう」
「すごいこと言ってるぞ、お前」
「うん、矢野さんのせいでおかしくなったんだよ。尻でイッたら戻れない気がする……」
「いかせてやろうか」
「え、それはまだ俺には早いっていうか、その」
 赤面して戸惑う水無瀬に矢野の中の何かが弾けてしまい、ぎりぎりまで腰を引いてから不意打ちで一気に奥まで突き上げた。
 油断していたらしい水無瀬はひと際大きく声を上げて射精する。尻の中で達する快感を覚えれば、もう忘れることはできない。矢野はすでに10代の頃にそれを経験しているので知っている。
「矢野さんも、このまま中でイッてくれよ。俺にキスしながら……」
 水無瀬の望み通り、再び唇を貪りながら腰を激しく打ち付ける。そして限界を迎えた矢野の性器が脈打ち、コンドームの中に熱い精を放った。
「……矢野さん、好きだ」
「えっ?」
「こうしてるの、すげえ好きなんだよ。あんたとのセックスが」
 水無瀬から告白されたのかと思い込んで一瞬焦ったが、勘違いだった。
 こんな状況で水無瀬に好きだと言われてしまえば、戻れなくなるのはこちらのほうだ。


***


「おい、こいつが何かしたのか」
 あれから約2週間後、待ち合わせ場所に行くと水無瀬が柄の悪い男2人に絡まれていた。
 水無瀬のほうから喧嘩を売るとは思えないので、向こうから言いがかりをつけてきたに違いない。
 男達は水無瀬の背後から現れた矢野を見た途端に、それまでの薄ら笑いを消して青ざめた。もう長年見てきたお馴染みの反応なので慣れているが、やはり自分の人相は悪いのだろう。
「やばいよ……俺達まじで殺られる」
「も、もう行こうぜ」
 こちらにまで聞こえてくる囁き合いの後、男達は顔を引きつらせて素早く逃げて行った。
 矢野としては普通に今の状況を訊ねただけで、決して脅したつもりはない。
「さっきの連中、お前の知り合いじゃねえよな?」
「いや、実はこの前の研究生公演に来ていた客でさ。お前みたいな場違いな奴がアイドルやってんじゃねえよ、って絡まれてた」
「場違い?」
「この前話した研究生の、偉そうな年下の奴にも『大したイケメンでもないお前が〜』とか言われてさ。まあ不細工とまでは誰にも言われてないのが救いだけど。でも確かに他の研究生と比べれば、俺は」
 重いため息をついて落ち込む水無瀬の肩を、矢野は我慢できずに抱き寄せた。通り過ぎて行く学生やカップルが驚いてこちらを見ている。
「や、矢野さん……みんな見てるし」
「いいか水無瀬、お前を潰そうとする奴らの言葉に耳を貸すな。お前が気にする必要もない」
 普段からあまり口数の多くない矢野からの、精一杯の励ましだった。
 芸能界に足を踏み入れた水無瀬はいつか、一般人の矢野には手の届かない場所へと昇り詰めていくだろう。
 水無瀬の背中を押すために必要な決意をようやく固めた矢野は、これから一緒に向かう居酒屋で水無瀬に別れを告げるつもりでいる。
 この人相で初対面の相手に必ずと言っても良いほど恐れられ、性格まで誤解されがちだった。そんな矢野に水無瀬は、自分の好みのタイプだと言って嬉しそうに歩み寄ってきた。
 どこにでもいるような雰囲気の青年が眩しく思えた、あの瞬間は忘れない。永遠に。




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