夜公演帰りの伊織が俺の家を訪ねてきて、手土産として差し出してきたのはAVだった。
 いつも俺が観ているゲイビデオではなく、パッケージには『女子高生、痴漢電車で発情期』というタイトル通りのノーマルな男女ものだ。
 こいつも知っているはずだが俺はゲイなので、男女の絡みを見ても全く興奮しない。女の子は嫌いじゃないが、普通に話をするだけならともかく、恋愛やセックスの対象にはならないのだ。
 ネットのレビューでは評価が高かったからと言いながら、俺の意見も聞かずに勝手にDVDプレイヤーに押し込んで再生を始めた。
 序盤が過ぎて濡れ場に突入して、女子高生がおっさん達に色々されまくった後でまたしても色々あって、2時間で終わった。感覚的にすげえ長かった。見どころを強いて言うなら、女子高生をバックから犯す若いサラリーマンの引き締まった尻くらいしかない。
 退屈なものを延々見せられている最中、伊織はAV初体験だったらしく興味深々という感じで画面を見つめていた。
 伊織がこういうのが好きでも構わないが、果たして俺と観る必要があったのか疑問だ。
「へえ……本当に勃たないんだ」
 隣に座っていた伊織が身を乗り出し、無反応な俺の股間を覗き込んできた。それだけでは足りずにジーンズの上から触って確かめてくるので、勃起するとしたらそれが原因になると思う。
「俺は興味ねえって言っただろうが」
「確かめてみたかったんだよ」
 何を思ったのか俺のジーンズの前を開いた伊織が、ボクサーパンツ越しに股間に舌を這わせてきた。濃いグレーの布地が唾液を吸って、そこだけ色が黒く変わる。
 生温かくもどかしい感覚に堪え切れず、パンツを下ろして直で舐めてもらおうとしたが阻まれた。
 伊織に散々舐められたそこは、パンツの上からでもはっきり分かるくらい勃起していた。このまま続けられると、穿いたまま中でイッてしまう。何とかしないとやばい。
「この中、今すごいヌルヌルになってるんじゃない? AV観てた時は全然だったのに、僕が舐めたら急に勃ち始めたし……水無瀬ってやっぱり男が好きなんだ」
「ああそうだ、俺は男しか愛せねえんだ。だから直でしゃぶってくれ、思い切り下品に音立てまくってな」
「はあ? 何言ってんの、水無瀬が僕のをしゃぶるんだよ」
「……え?」
 突然目をぎらつかせた伊織は立ち上がると、下を全部脱いで半勃ちになったものを俺の目の前に晒す。何だこれ、予想外の展開になって俺の頭は混乱している。
「当然のように僕に突っ込むつもりだった? 悪いけど僕だって男なんだから水無瀬に挿れる資格あるよね。いつまでも女扱いされても困るよ」
「あ、いや、でもお前ってそっちの、突っ込んだ経験ってあるのか」
「ないけど水無瀬のやり方を見て、流れは掴んでるよ。僕は若いから吸収が早いんだ」
 そう言いながら俺の唇に性器を押し当ててきて、フェラを強要してくる。
 ゲイビデオ男優時代はずっとタチ役で、その逆はセフレだった矢野としか経験がない。尻穴でイク時の感覚はあまりにも強烈すぎて、恥ずかしい姿を伊織に晒してしまうのが嫌だ。
「ちょっ待っ……ん、ぐっ」
 いきなり喉奥まで腰を突き出してきて、呼吸を塞がれた。そのまま俺の口内で前後に動く伊織の性器は次第に大きくなり、苦しくて涙が出る。
 逆の立場でも俺はこんなふうに強引にはしない。
 やがて伊織の性器がずるりと引き出され、完全に上を向いたそれは俺の唾液にまみれて卑猥に濡れていた。
 味わっていた性器の味や匂いは、俺の身体を疼かせて治まらない。
「今夜は僕が、水無瀬を悦ばせてあげるよ」
 その甘い囁きに導かれるまま、俺は伊織に抱かれる覚悟を決めた。


***


 早く奥まで挿れてほしいのに、伊織はまるで面白がるように焦らす。亀頭だけを浅く埋め、穴の入口を集中して攻めてくる。枕に頬を押しつけながら俺は無意識に腰を揺らしてしまう。
 浅い挿入だけを繰り返しているかと思えば、急に性器の半分ほどを埋めてくる。それでも俺が本当に求めている深いところには来ないので、もどかしすぎて辛い。
 俺のやり方を参考にしたと言っていたが、明らかにその域を超えていた。奥まで挿れて突きまくるだけの俺は、こいつに比べたら子供だましでしかない。
 これでもゲイビデオ男優の端くれだったのに。
「ほら、聞こえる? 水無瀬の穴の音。すっごくやらしい」
 滑りを良くするためのローションが、伊織の性器が動くたびにぬちゃぬちゃと音を立てる。
 バックで突かれているので伊織の顔は見えないが、きっとあの憎たらしい笑みを浮かべながら俺を貪っているのだ。散々焦らしやがって、むかつく。
「それにしても意外にすんなり入ってびっくりだよ。男優の頃にいっぱい経験した?」
「その、頃は……クビになるまでずっとタチ役だったから、こっちのほうは全然、してない」
「じゃあ、プライベートで初めてこの穴を許したんだ? やっぱり、矢野さんに?」
 矢野に挿入された時のことを思い出した俺は、興奮がよみがえり熱い息を吐きながら頷いた。
 初めて奥まで受け入れた俺を襲った、あの重くて熱い刺激。我を忘れて喘ぎながら必死で矢野の広い背中にしがみついた。
 普段は優しい大人の男が、乱れた俺を見て獣のようにがっついてきて、それから……。
 突然、焦らすばかりだった伊織が性器の根元まで勢いをつけて突いてきた。腰をがっちりと掴まれて何度も揺さぶられる。
 伊織は細い身体からは想像できないほどのスタミナの持ち主だ。公演でも息切れひとつせずに、激しく踊りながら歌う。研究生になってからのレッスンだけで身に付くものじゃない。
「ああっ、はげし……っ、だめ、だ」
「だって僕に抱かれてるのに、他の男を思い出してるから」
「お前が思い出させたくせにっ……!」
「知らないよ、そんなの」
 最中に俺は、腸壁に感じる伊織の性器の感覚がやけに生々しく熱を持っていることに気付いた。
 俺が挿入する時は、男優時代から誰が相手でもコンドームを着けているが、こいつはむき出しのままナマで入ってきた。いくらなんでも無茶すぎる。男相手の経験自体も少ないはずなのに、抵抗なかったのか。
 中に出されるのは嫌いじゃない、むしろ好きだ。あの熱い精子が俺の中に注がれて、身も心もどろどろになるのがいい。
 後処理は面倒でも、中出しされた瞬間の強烈な快感が欲しくてつい求めてしまう。
「水無瀬の中も、僕のこと好きみたい。吸いついて欲しがってるよ……ねえ、このまま出してもいい?」
「っ、いい……」
「分かった、いくよ」
 腰の動きを速めた伊織は、俺の中を強く抉った後で射精した。久し振りに感じたこの熱さ、腸壁に染み込んでいくような感覚。
 バックで突かれながら前をいじっていた俺も、遅れて手のひらに精液を放った。


***


「結局水無瀬ってさ、突っ込まれるのと突っ込むの、どっちが好きなの?」
 セックスの後始末をして、帰り支度をしながら伊織はそんなことを聞いてきた。
 あれだけ俺をガンガン犯しておいて今更な気もするが。女みたいな顔してるくせに、やることは大胆で激しい。
「男が相手なら俺はどっちでも構わねえけど、その時の気分次第かな」
「え、じゃあ次も僕が突っ込んでもいいの?」
「次は俺だよ、勝手に決めんな」
「うわあ〜、早漏のくせに態度でかいよ! いつもの水無瀬より、僕のほうが長持ちしたからね!」
 得意気に俺の正面に立って威張る伊織の腕を掴んで引き寄せると、深いキスをした。しつこく舌を絡ませているうちに息を乱す伊織に、少し前までの余裕は感じない。
 俺は早漏でセックスが下手だとは言われたが、キスのやり方には男優時代にも1度も文句をつけられたことはないのだ。




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