俺達は、戦って死ぬために生まれた。


 生放送の歌番組の最後に出演したのは、黒い軍服を着た10代後半から20代前半の青年達だった。曲のイントロが流れた瞬間に観客のテンションが上がり、スタジオを揺るがすような歓声が起こる。
 ステージで笑顔で歌っている16人の青年達の約半数は、何とか動ける程度の怪我をしていた。中には片目を眼帯で覆っている者、骨折した腕を三角巾で固定して肩から吊っている者、そして後列にはズボンで隠れて一見分からないが義足で出演している者もいる。
 そんな彼らの姿を見ても観客は違和感どころか、賞賛の声を贈っている。これらは全て、名誉の負傷だからだ。戦地に赴き武器を持ち、命を惜しまず敵国と戦った証。
 この国のために青春の全てを捧げて戦う。俺達は死すら恐れない。そんな歌をステージで披露する彼らは大日本帝国第二部隊と名乗り、戦時下で娯楽の大半を規制されている国民の心の癒しとなっている。第一部隊は以前の戦いで壊滅しているので、後に結成された第二部隊が現在こうして活動しているのだ。
 今夜出演している16人のセンターに立っているのは赴いた戦地で、最も大きな功績を上げた矢神(やがみ)という23歳の青年だ。軍服の胸元では、遠目からでも目立つ勲章が誇らしげに輝きを放っている。
 多くの敵軍を葬りながらも、矢神は戦地から毎回無傷で帰ってくる。そんな矢神を、同じ部隊の青年たちは「悪運が強い」、「恐ろしい何かに護られている」と陰で囁き合う。
 入隊して3年経ち、戦地で敵国の兵隊を殺すことに一切の動揺もためらいも生まれなくなっていた。自分はこの国のためならいつ死んでも構わなかったが、同じ時期に入隊した青年達が戦いで次々に命を落としていく中で、ここまで生き残るのは奇跡というより、やはり陰で言われている通りに悪運が強いのかもしれない。


***


 周囲から距離を置かれている矢神だったが、部隊の中には構いたがりの物好きが存在していた。
 宿舎の食堂で1人で夕食を取っていた矢神の正面の席に、茶碗や皿が乗ったトレイを置いて当然のように食事を始めるのは、矢神より1つ年下の木島(きじま)だ。
 木島は矢神と同じ時期に入隊して、今でも生き残っている数少ない隊員のひとりだ。大きな功績を上げ続け、定期的に行われるライブでは常にセンターにいる矢神をライバル視している。
 戦地での功績順に決められる立ち位置では、木島は矢神の斜め後ろだ。それなりに活躍はしているが、どうしても矢神を越えられずセンターにはなれない。
「死神すら避けて通る、って言われてるぜ。お前」
「それはどうも」
「褒めてねえよ」
 木島は豆腐の味噌汁をすすると、更に続けた。
「集まってくれたお客さんもさ、本音はどう思ってんだろうな。ずっと推してた隊員が、次のステージでは突然いなくなってるってこと」
 今夜のステージは16人だったが、前は20人で歌っていた。つまり先日赴いた戦地で4人の隊員が命を落としたということだ。そして何事もなかったように、生き残った隊員だけで出演した。
「なあ矢神、俺たまに考えるんだよ。いつか戦争が終わって平和になったこの国のこと……誰もが好きな音楽聴いて、好きな本読んで、そしていつ死ぬか怯える必要なんかなくなるんだ」
「やめろ、誰が聞き耳を立てているか分からない。処罰されるぞ」
「俺達も、ファンがいつも安心して応援できるアイドルになってさ。御国のために命を捧げようみたいな歌じゃなくて、恋愛とか友情って感じの明るくなれる歌をステージで歌うんだよ」
 矢神の忠告にも構わず、木島は今まで抑えていたものを解き放つかのように語り続けた。この食堂には混雑する時間帯を避けて訪れた矢神と木島しかいないが、もし上官に聞かれれば、ただでは済まないだろう。自分をライバル視している相手でも、あまり気分の良いものではない。
 自分達の仕事は軍人として敵国と戦いながら、勝利に向けて国民の気分を盛り上げるための歌をステージで披露することだ。
 隊員は皆、矢神の立ち位置を奪うために戦地で死に物狂いで戦っている。功績を上げれば自分だけではなく、残してきた家族の暮らしも楽になるのだ。
 矢神はこの時初めて、木島が入隊した理由を知った。国のために命を捧げるためではなく、一刻でも早く戦争を終わらせて皆の暮らしを平和にすることなのだと。
 正直、それは甘いと思った。もしこの大日本帝国が今の戦争に勝てば、ますます勢いを付けて他の国も支配しようとするはずだ。自分達が敵の軍隊を葬るたびに、平和から遠ざかっているのが現実だった。
 一体どれだけの人間がそれを分かっているだろうか。


***


 撃たれた脇腹が燃えるように熱い。矢神は戦地で、初めて深い怪我を負った。
 気がつけば部隊から孤立していた。弾がかすった部分からの出血が止まらず、敵軍から逃れるのが精一杯な今の状況では手当てをする余裕はない。
 ようやくたどり着いた深い森の中、周囲に誰の気配もないことを確認して矢神は太い木の根元に腰を下ろした。ここで襲撃されれば逃げ切れず、確実に命を落とす。向こうも矢神を探しているはずなので、そう長い時間は留まれない。
 矢神は続く痛みで息を荒げながら、木島のことを考えた。どこから上官に伝わったのかは分からないが、木島は危険思想の持ち主として捕らえられ、処罰を受けた。その具体的な内容は知らされていなくても、この日まで木島が部隊に戻って来なかったことで矢神に最悪の想像をさせた。
 ファンがいつも安心して応援できるアイドル。誰もが好きなことを思い切り楽しめる平和な世の中。木島が矢神に語ったのは、非現実的な夢物語だった。
 もし実現するなら、それはきっと果てしなく遠い未来になる。木島も、そして矢神もこの世に存在しないほどの。
 やがて遠くから、大勢の足音が聞こえてきた。矢神を追ってきた敵軍の兵隊だ。ここに来るまでに地面に垂れ流してきた血をたどれば、いくら隠れても簡単に見つかるだろう。
 第二部隊でセンターを務めている矢神がいなくなれば、この戦いで1番の功績を上げた誰かが代わりにそこに立つ。矢神がステージから消えたことを、観客は名誉の戦死として自然に受け入れる。
 大日本帝国万歳。毎回、ステージの終わりに観客から繰り返し起こる恐ろしく息の合ったコールが、徐々に意識が遠ざかって行く矢神の頭によみがえった。





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