銃声、そして人の絶叫。大して広くもない地下室、俗に言う『処刑室』にそれが響き、血の匂いが漂ってくる。撃たれた人間は即死だった。
「少佐、処刑完了しました」
 銃を持った黒い軍服の兵士達が、俺に向けて固い声でそう言った。
「……ああ、死体の処理は任せた」
 俺は返答し、血生臭いこの部屋を出た。


***


『掟を破った者はいかなる理由があろうとも死をもって償う』
 これが我が軍のやり方だ。ある国の侵略を控えている今、掟も守れない人間は邪魔者以外の何者でもない。そう思いながら俺は、靴音を響かせ長い階段をゆっくり上って行く。
 そして俺が使っている部屋のドアを開けた時、机の周りに数人の男達の姿があった。特別に親しいわけではなく、訓練の時に見かけるだけの下級の兵士達だ。無断で人の部屋に入る行為……軍の規則以前に、人としての常識すら欠けている。
「今なら見なかったことにしてやる、すぐにここを出て行け」
 俺の言葉に兵士達は従うどころか、下品に笑いながらこちらに近づいてくる。
「相変わらずお堅いことで……まあでも、コレを見てもそんな態度でいられますかねえ少佐」
「……何だと?」
 俺の足元に数枚の写真がばらまかれ、その中の1枚を拾い上げた俺の心臓が大きく跳ねた。そこには俺と男がくちづけを交わしている様子が写っていた。別の写真にはこの部屋の机の上で軍服を乱され、とろけるような表情で愛撫を待つ俺の姿、そして机の端にしがみつきながら、男を後ろから受け入れて繋がっている淫らな姿まで写されていた。
 相手は中尉の階級を与えられている、茶髪の若い男だ。階級は俺より下だが、人目を忍びながら深い関係を続けてきた。情事の最中は立場の違いも忘れて恋人のように接していた。表向きは冷酷な軍人を装いながらも、あの男の前だけは本当の自分でいられたのだ。
 なのに、まさかこんなものを撮られていたとは。
 写真を持つ手が震えて止まらない。今まで築いてきた何かが崩されていく思いだった。
 連中は俺の反応を楽しんでいる。このまま何事もなく済むわけがない。
「どうです、よく撮れているでしょう? でもまさか、俺達にとって雲の上のような存在なお方に、こんな趣味があるとは……驚きましたよ。人間って外面はともかく、中身は何考えてんのか知れたもんじゃねえよな、少佐殿」
 言葉遣いが崩れ、最後は上官の俺を明らかに脅す口調になっていた。動揺を覚られまいと唇を噛む俺に、連中の目が獣のようにぎらりと光った、ように見えた。
「何が、目的だ」
 わずかに汗ばむ手で写真を握り潰す俺に、
「そうだな、まずはその堅苦しい軍服をここで脱いでもらおうか」
「なっ……!」
 連中の考えを察して俺は凍りついた。写真を脅迫の材料にして俺を辱めるつもりだ。
「大丈夫ですよ。少佐が素直に従ってくれれば、この写真が公表されることがありませんから」
 目の前の男の顔に浮かぶ酷薄な笑み。
 分かっている、もしここで要求に応じなければどうなるか。俺とあいつの関係が1日も経たぬうちにこの軍全体に知れ渡る。そうすれば俺もあいつも階級を剥奪され、『掟』によって消されることになるだろう。
「何だ、脱げねえのかよ。あの中尉の前では出来て、俺達の前では出来ねえってのか? さっさとやれよ淫乱野郎!」
 俺は腹を括って、軍服のベルトを外して上着を脱いだ。シャツのネクタイを緩めたところで、連中の1人が冷やかしの口笛を吹いた。
「おっと、上はそこまでにして今度は下だ。何なら手伝ってやろうか」
「……結構だ、自分でやる」
 静かに断ると、要求通りにズボンと下着を足元まで下げて脱ぎ捨てる。あいつしか知らない、何も着けていない下半身を晒した途端に惨めになった。
「まるでストリップショーだな、めったに拝めるもんじゃねえぜ」
「いい格好だな少佐殿、まさかマジで脱いじまうとはな。そのバカ正直さには頭が下がるよ」
「お前らが脱げと言ったんだろうが……」
 心の底からわき上がる怒りを抑えながら、俺は目の前の連中を睨みつけた。
「ふん、まあいいか……次に進むぞ」
そう言って1人の男が自分のズボンのファスナーを下ろし、まだ反応していない性器を掴み出した。
「何ぼーっと突っ立ってんだ、跪いて俺のをしゃぶれ」
 その瞬間、あいつとの甘い思い出が心をよぎった。
『少佐、もう1人で泣いたりしないでくださいよ』
『俺がそばにいますから、ずっと』
 あいつの声と言葉を思い出して、俺はこの場に泣き崩れてしまいそうだった。あいつがそばにいないことが、こんなに辛いとは。
 俺はずっと1人で生きてきた。幼い頃から両親も親しい友人もいなかった。誰にも心を許さず、ひとかけらの弱みも見せず、頼ろうともせずに孤独を貫いてきた。あいつとこの軍で出会うまでは。分厚い俺の「仮面」がはがされるまでは。
「おい、淫乱少佐に拒否権なんかねえんだよ。さっさとやれよ」
「今更純情ぶるなよ、初めてじゃねえくせに」
 口淫をためらう俺に痺れを切らした連中が、次々にはやし立てる。これ以上、意地を張っても無駄なようだ。俺は全てを諦めて両膝を床につけると、目の前の男が俺に向けている性器に舌を這わせて口に含んだ。自分でも分かるくらいに事務的に舌を動かす、吸い上げる。
 少しも想いがこもっていないのだから、そうなるのも当然だ。
「下手くそ、もうちょっと気合い入れてしゃぶれって」
「……っ!」
 半勃ちになった性器を口に含んでいる俺は頭を両手で掴まれ、乱暴に前後させられる。その勢いで喉奥まで性器が突き刺さり、何度も吐きそうになった。視界が涙でかすんでくる。
 しかし欲望の象徴そのものを味わっているうちに、俺の股間は純粋に反応してきた。口淫を強要されながらも、身体は無意識に疼いているのだ。指1本触れられていない尻穴がひくついて、何かを求めているのが分かる。
 愚かな俺はこんな状況でも我を忘れ、そこに自分の指を入れようとした。すると目の前の男が股間から俺の顔を離した。直後、生臭い精液が俺の顔に容赦なく放たれた。
「あっ、やべー。悪い悪い、少佐殿の綺麗なお顔をザーメンで汚しちまった」
 男は楽しそうに、精液まみれの俺の顔に萎えた性器の先端を擦りつけてくる。そして要求に従い、中に残った精液まで吸い上げて飲み込んだ。
 満足そうに離れていく男と入れ替わりに、別の男2人が俺に近づいてきた。
「なあ、これ見ろよ。こいつすっかり出来上がってるぜ」
 背後にまわった1人が俺の両足を左右に広げて、あるものを欲しがり収縮を繰り返す俺の尻の穴をもう1人に見せつける。
「ほんとだ、さっきのフェラで少佐も感じちまったんじゃねえの」
 他の連中にも覗きこまれ、俺は羞恥の中にじわじわと広がりつつある快感に犯され始めていた。
「野郎相手でもこんなにケツの穴をヒクつかせて、やっぱりコイツ変態入ってるぜ。その上マゾってか」
「貴方のために用意してきたコレ、そろそろ使わせてもらいますよ」
 両足を広げられたままの俺の尻穴に、男が取り出した小瓶の中身が塗り込まれる。とろりとした透明な液体は、あいつとの行為でも使っていた潤滑液だ。女のように自然には濡れないので、男同士の性行為ではどうしても必要になる。
 ただ中に塗られているだけでなく、俺が感じる部分を探り当ててそこをぐいぐいと押され、声を堪えながら俺は喉を反らす。
「ほら、素直になって声出しちまえ。めちゃくちゃにされたいんだろう? 指だけでこんなに感じやがって」
 悪魔の囁きにも揺るがないように何とか理性を保っている俺の前に、男の性器を模った怪しい道具が取り出された。
「もしかして見るの初めて? バイブだよ。少佐殿の使い込まれた下のお口に合うかどうかは分かんねえけど、まあゆっくり味わってくださいよ」
 指で拡げられた俺の尻穴に、ずぶっという感覚と共に卑猥な異物が挿入された。
「っ、ぐ……」
 指の1、2本とは比べ物にならない衝撃、圧迫感。そして快感が俺を襲い思わず声が出た。そこへの刺激で、俺の性器も勃ち上がり先走りを垂れ流している。
「まだイクのは早いぜ、お楽しみはこれからだ」
 根元のスイッチを入れる小さな音と共に、俺の中に埋まった異物は低い振動音を立てて震え出した。
「あ、ああっ……は、あ……っ!」
 普通の性交では味わったことのない、強すぎる快感だった。俺は完全に理性を失い、両足を広げられた体勢のまま淫らに喘いだ。まるで動物だ。
「すげえな、こいつ俺達がそばで見てるってこと忘れてんじゃねえの。目なんてこんなにうるうるさせて、あの鬼みてえな少佐と同じ人間とは思えねえよ」
 正面で俺の中に異物を挿入した男はそう言うと、更に深い場所までそれをねじ込む。何度も絶頂に達しそうになりながらも、俺は必死で堪えた。もうこれ以上、醜態を晒したくなかったのだ。
 いつ射精してもおかしくない俺の性器は、正面の男に巧みな手つきで扱かれている。
「ちっ、まだイカねえのか? 案外しぶといな」
 舌打ちした後、正面の男は俺の尻穴から異物を引き抜いた。その瞬間、俺は何かから解放されたように全身の力が抜けた。背後の男にもたれながら、飲み込む余裕のなかった唾液を口の端からこぼす。
「とーってもエッチで男好きの少佐殿は、バイブだけじゃ物足りねえみたいだな」
 正面の男が、潤滑液まみれの異物の先で俺の顎をぐいっと持ち上げる。
 本性を暴かれた今、もう俺は後戻りできない。
 こうなったのは多分、誰のせいでもない。これが俺の本性だったのだから。もしかしたら本当の獣は俺なのかもしれない。
 壊された心の底で待ち望んでいた熱く硬い性器で俺の穴を貫く正面の男に、あいつの姿を重ねる。そうやって俺は、薄暗い幻覚と現実の狭間をさまよい続けた。




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