俺の目の前で身を屈めた北原の腰のあたりから、少しだけ下着が見えた。
 容姿はテレビに出ている芸能人かと思うほど美しく整っているが、常にテンションが低く控えめな性格。そんな北原の普段のイメージからは想像できない、派手な柄の赤いトランクスだった。今の世の中、男向けの見せパンが存在して普通に売られているものの、今ここで俺が見た北原のトランクスはそれとは明らかに違っていた。
 じっくり見るのも悪い気がして目を逸らそうとした俺のほうを、北原が急に振り向いた。
「どうしたんすか」
「え、ああ……いや別に」
「はっきり言ってください、気になるんで」
 拾い上げた雑誌を手にしたままの北原が、俺をまっすぐに見つめてくる。言わないでやり過ごそうと思ったが、ここまでされたら言うしかない。
「今、北原くんが腰曲げた時にその、見えてた……パンツが」
「えっ」
 俺の指摘に北原はうっすらと頬を赤くした。考えてみれば男同士で下着が見えたり見たりしても、普通なら笑って済むほどの些細な出来事だ。そう、普通なら。仮に、いつも会社で話している先輩社員の下着が同じように偶然見えたとしても俺は、「先輩、見えてますよ」のあっさりした一言で軽く流すだろう。
 つまり、こうして動揺している俺と北原がおかしいんだ。
「松岡さんに見られるなら、もっとちゃんとしたやつ穿いとけば良かった。すみません」
「いや、別にそんなに謝らなくていいよ」
 もっとちゃんとしたやつって何だ。北原なりの勝負下着とか? でも何となく、北原がそんなものを用意して俺にわざと見せつける姿は想像したくなかった。こんな考え、さすがに北原に対して夢を見すぎだろうか。
「そんな気合いの入ったパンツじゃなくても、俺は君を嫌ったりしないよ」
「本当っすか?」
 じりじりと迫ってくる北原にどきどきしながらも、俺は両腕を伸ばしてこちらに誘う。すると北原は自然に俺の胸に身を寄せて、背中に腕をまわしてきた。人工的な香りをまとっていない、素のままの北原の匂いに下半身がうずくのを感じた。
 近所のスーパーの入口で北原から告白されて2週間近く経つ。それからキスは何度かしているが、それ以上のことはまだしていない。もちろん最後までしたいという気持ちはあるものの、なかなか実行に移せないでいる。
 男と付き合うのはこれが初めてで、しかも相手は15歳も年下の大学生だ。色々と、どうすればいいのかタイミングが掴めないのだ。


***


 実はこうして北原の家に入ったのは、今日が初めてだ。ずっと隣に住んでいたとはいえ、少し前までは顔を合わせた時に挨拶をして、たまに軽く会話をする程度の関係だった。そんなささやかな交流を重ねているうちに、北原は俺を好きになったらしい。特に、仕事から疲れて帰ってきたスーツ姿の俺にたまらなく惹かれると照れながら語っていた。結構マニアックだな。
「俺って、変態っすかね」
「何で?」
「さっきマンションの前で松岡さんに会った時、スーツ着てたからその、興奮して」
「だから俺を自分の部屋に誘ったってこと? もしスーツじゃなかったら俺を無視してた?」
 俺は突き放すような声で北原の耳元でそう言った。すると北原は「そんな」だの「違う」と呟きながら、困惑した表情で俺を見上げる。本気で困らせるつもりはなかったが、あまりにもスーツを着た俺にこだわっている北原に、ちょっと意地悪をしてみたくなったのだ。
「スーツ着てない松岡さんのことも好きなんで……信じてください」
「うん、分かってるけど、君をいじめたくなっただけ」
 北原の耳に強めに吸い付くと、北原は身体をぴくんと震わせた。腕の中で感じている姿を見て、キスから先に進むタイミングは今かもしれないと思った。
 息を乱す北原の手を取り、そのまま俺の股間へと導く。決して女のようではく、しっかりとした20歳の男である手が……指先が、とっくに膨らんでいるそこに触れた。正確には、俺が触らせている。
「扱いて」
「まつおか、さん」
「ズボンの上からでも構わないし、君の好きなように」
 純情な北原が興奮するというスーツ姿の俺は、自分でも驚くほど強気になっていた。告白される前までは、違う世界の住人だと思っていた若くてきれいな顔立ちの北原を、その身体の隅々まで独占したい。
 北原は股間に触れた長い指でジッパーを下ろして、先走りの染み込んだボクサーパンツ越しに俺の性器を扱き始めた。頭の中が欲望でいっぱいになった俺と、手の動きを止めない北原の唇と舌先が触れ合って湿った音がした。


***


 派手な柄の赤いトランクス1枚だけの姿になった北原は腕や足、胸元の体毛はかなり薄めだった。というよりほとんど生えていない。俺もそれほど毛深いほうではないが、北原は更になめらかな肌をしている。
 俺は北原のリクエスト通り、スーツの上着すら脱がない格好のままで北原と初めてのセックスをすることになった。本当は俺も全てを脱ぎ捨てて全裸で北原と抱き合いたかったが、もしかしたらこれも面白い刺激になるかもしれない。
 このスーツを着ていく、明日の出勤の時のことについては後回しにした。今はとにかく北原と繋がりたい。抑えられないほど卑猥な妄想で頭が一杯だ。
 俺は北原とこういう関係になるまでは、男とはキスすらしたことがなかった。なので男同士でどうやってセックスをするのか分からなかったので、インターネットの怪しい動画サイトでゲイのセックスを検索した。1番最初に出てきた身体つきの逞しい外人同士のものはさすがにハードルが高く、アイドル風の美少年が濃厚に絡んでいる動画をいくつか観た。その中で、恥ずかしそうにカメラの前で自慰行為を晒していた黒髪の青年が、一瞬だけ北原に見えて動揺してしまった。
 トランクスを脱ぎ、俺の言う通りに両膝の裏を抱え上げた北原の尻の窄まりに触れる。
「今からここに、俺のを入れるよ。俺も男とするのは初めてだから、最初から気持ち良くは……ならないかも」
「はい、それでも……俺は松岡さんと繋がりたい……」
 恥ずかしい恰好の北原はすでにとろけそうな表情で、下半身を露わにする俺を見上げている。俺の性器はそんな北原の痴態を目の当たりにして勃ち上がり、先走りの汁が止まらずにいた。しかしこのまま突っ込むことはできないので、持参したローションを使って例の動画サイトで見た通りに、北原の穴を指で慣らしていく。くちゅくちゅと卑猥な音を立てながら、じっくりと。
「んっ、ああ……まつおかさんの、指が」
「指だけなのに、もういやらしい顔になってるね」
 俺の言葉に、北原は恥ずかしそうに顔を横に逸らす。調子に乗って更に指を進めて、少し強めに動かしてみると北原の身体が何度か跳ねて短い喘ぎ声が漏れた。
「さすがに指だと、これ以上は奥に行けないなあ」
「そんな……」
「もっと太くて長いの、ほしい?」
「ほしい……っ、す」
 その気になればいくらでも女の子が寄ってくるような若くて美形の北原が、15も年上の平凡な会社員の俺の性器を、こんなにも欲しがっているなんて。
「北原くん、好きだよ」
「お……俺も、松岡さんのこと、好き……」
 指を抜いた後の、わずかに拡がった北原の穴に亀頭を押し付ける。ずぶずぶと腰を沈めていくと、ローションでぬるぬるになった腸壁が俺の性器をきつく締め付けた。半分くらい入った頃、俺はコンドームを着けるのを忘れたことに気付いた。ローションと共に準備していたのに、雰囲気に流されてナマで挿入してしまった。決してわざと着けなかったわけではない。
 北原はそんな俺を責めるどころか、息を荒げながら挿入の続きを視線でねだっている。それを見ていると今更抜いてコンドームを着けるのは、かえって野暮な気がした。俺は気付かなかった振りをして、根本まで入れた。
「ほら、全部入った。見える?」
 俺は身体を前に倒して、北原に結合部を見せつける。いつの間にか北原の性器も腹に触れるほど反り返り、明らかに興奮していた。動画だけの知識でここまで来たが、上手くいっているようで安心した。もし北原が別の男との経験があったら、そいつのテクニックや大きさと比べられてしまうかもしれないが。松岡さんの下手くそ、と罵られるのを想像すると落ち込む。
 ネガティブな考えを頭から振り払うように、俺は腰を上下させて北原の中を味わう。全裸の北原に対して俺はズボンと下着をずらしただけのスーツ姿なので、とにかく熱がこもって暑い。汗がにじむ肌とシャツがべったりと張り付いているのが分かる。
「んっ、ああ、俺なんだか変……おかしくなりそう、っ……松岡さん……」
「俺のもの、そんなに気持ちいいの? 男に突っ込まれて乱れまくって、初めてなのにドスケベだよね」
 軽くいじめると、北原は目に涙を浮かべて首を横に振った。ああ、これじゃ俺、漫画に出てくるエロオヤジみたいだ。
「北原くん、俺そろそろイキそうなんだけどさ……外に出したほうがいいよね?」
「そとって……抜いちゃうんですか」
「このまま中に出してもいいの?」
「松岡さんのものに、なりたいから」
 俺が外に出すと言った後に寂しそうな顔になった北原が、健気で可愛かった。初めてとか後始末とか、全てどうでも良くなってしまう。
 久し振りのセックスで気分が高まった俺は、射精するために激しく腰を動かし続ける。その動きに合わせて北原は短く声を上げながら、自らの性器を指で擦る。初めてなのに俺の前で自慰まで見せて、北原はそっちの素質があるのではと思った。
「も、っ……いく、出す、よ」
 限界を超えた俺はとうとう達して、北原の奥へと精液を注ぎ込んだ。北原もほぼ同じタイミングで腹を白く汚していた。目を閉じてぐったりしている若い身体から腰を引くと、射精したはずの俺の性器はまだ上を向いたままだった。
 まだ終わっていないと感じた俺は、着ているスーツやシャツを全て脱ぎ捨てた。薄く目を開けた北原は、勃起しながら全裸になった俺を凝視している。
「スーツ姿じゃない俺とも、セックスできる?」
「……俺を、試してるんすか」
「そういうわけじゃないけど、さ」
 北原は無言で身体を起こし、今度は両膝をついてこちらに尻を向ける体勢になった。開いたままの穴から、俺の出した精液が滴り落ちるのがよく見える。
 肩越しに俺を見つめる北原の眼差しはどこか挑発的で、普段の純情な雰囲気とのギャップにぞくっとした。
「これなら松岡さんがスーツを着ていても、着ていなくても俺には分からなくなります」
「北原くん……」
「まだできるなら、もう1度」
 そんな北原の誘いに乗った俺は、今度は互いの肌を重ね合いながらセックスをした。一旦抜いたので、着けるチャンスがあったはずのコンドームの存在をすっかり忘れ、俺はまたしても欲望のまま北原の中で射精する。
 俺の匂いも形も覚え込ませて、20歳の北原が二度と女の子を抱けなくなればいい。自分でも驚くほどの恐ろしい独占欲が、俺の胸を満たした。


***


 目覚めると、焼けたパンのいい匂いがした。
「そろそろ起こさなきゃって思ってたところなんで、ちょうど良かったっす」
 テーブルの上に2人分の朝食を用意している北原の姿を見て、あれからここで夜を明かしてしまったことに気付いた。時計を見るとまだ6時を少し過ぎたところで、どうやら会社には遅刻せずに済みそうだ。
 全裸のままベッドから身体を起こし、昨日のセックスで汚れた下着や汗を吸ったシャツを身に着けた。あまり気分は良くなかったが、家はすぐ隣なので出勤前に替えることができる。
「良かったら朝飯、食べていってください」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 北原の微笑みと、朝食の良い香りにつられて俺はテーブルに向かった。俺に散々貪られたはずの北原は、まるで何事もなかったように振る舞っている。
「松岡さん」
「ん?」
「俺……めちゃくちゃ幸せっす」
 向かい側でそう呟く北原の首筋には、最中に俺が吸い付いた痕が生々しく残っていた。
 彼の望み通り、俺のものになった証が。




back