CHOCOLAT 「なあ、あれってトニオじゃねえ?」 学校の帰り、隣を歩いていた仗助が少し離れた場所を指差しながら言った。 その方向を見ると、見覚えのある背の高い男が2人組の柄の悪い連中に絡まれていた。あのいつ見ても高そうなコートや横顔、間違いなくトニオだ。 何を言われているのかはここからだと分からないが、連中とは仲の良い知り合いという雰囲気ではなく、困っているに違いない。 トニオのスタンドは敵と戦うためのものではなく、何かあった場合苦労するかもしれない。ということは、どうやら自分が活躍する時が来たようだ。 いつも支えられてばかりなので、たまにはデキるところを見せたい。億泰サン素敵デス、とアニメのヒーローを見るような眼差しを向けられてみたい。きっと快感だ。 「よっし! ここは俺が行くぜ、仗助はここで待ってろ!」 「お前、ひとりで大丈夫かよ?」 「あいつらスタンド使いでもなさそうだし、俺ひとりで充分よ!」 得意気な顔で宣言して、億泰はトニオと不良たちの元へ歩み寄って行く。すると今まで聞こえなかった会話が耳に届いた。 「だから、さっきから謝ってるじゃないデスか」 「はあ? おめーからぶつかっといて何言っちゃってんの?」 「日本語わかんねーなら俺達が教えてやるよ、ちょっと痛えかもしんねえけどな」 陳腐すぎる脅し文句で、不良達はしつこくトニオに絡んでいる。手を出されるのは時間の問題だ。こういう頭の悪そうな連中は、すぐに暴力に訴えて解決しようとする。 まあ頭の悪さなら自分も人のことは言えたものじゃないが、少なくともこんな奴らとは一緒にされたくないものだ。 「おっと、それくらいにしておけよ!」 億泰は不良達の前に立つと、アニメのヒーロー気分で言い放った。全員の視線がこちらに集中し、トニオが驚きの表情で億泰を見ている。 「何だてめえ、邪魔なんだよ!」 不良達はターゲットを億泰に変え、もの凄い形相で迫ってきた。この時、ひとりで連中を相手にしなくてはならない不安よりも、トニオに最高に格好良い自分を見せられる チャンスに完全に酔っていた。握り締めた手にも力が入る。2月中旬の憂鬱な日を前にして気が滅入っていたが、今だけは完全に吹き飛んでいた。 しかし不良のひとりが億泰の胸ぐらを掴んで殴りかかった瞬間、予想外の展開に流れた。これまで戸惑っていたトニオが、億泰を殴ろうとしていた不良を引きはがし、その 腹に勢い良く拳を叩きこんだ。コートの裾がわずかに翻り、どれほど強い力がその拳に乗っていたのかを生々しく物語っていた。 不良は白目をむきながら地面に倒れ込み、それを見ていたもう片方の不良が青ざめる。そしてトニオが拳を握ったまま前に進み出ると、倒れ込んだ相方を置いて不良はひとり で逃げて行った。 トニオはその後ろ姿を見送ると、いつもの穏やかな顔で億泰に向き直る。 「スミマセン、格好悪いところをお見せしマシタ」 いや、格好悪いのは俺だし……と、億泰はトニオの変貌ぶりを見て呆然と立ち尽くしていた。活躍する気満々で来たはずが、結局は何もできないまま終わってしまった。 「何て言うか、今のってちょっとまずくなかったか?」 「え?」 「あんたがその辺の奴を殴ったりしたら、店の評判に響くんじゃねえかって」 気まずそうに答えた億泰に、トニオは苦笑した。こちらは真剣に心配しているのだが。 「これくらいで評判が落ちる店なら、ワタシの腕がその程度だったということデス」 「トニオ……」 「それに、億泰サンが危ないのに黙って見ているわけにはいきマセン」 そう言いながらトニオは、地面に落ちている小さな紙袋を拾い上げた。どうやら不良を殴った時に落としてしまったらしい。少しだけ見えた中身は、四角く白い箱だった。 「バレンタインは明日デスが、ワタシはその日に店を空けられないので……これを億泰サンに渡したかったのデス」 「それって」 「ワタシが作ったチョコレートのトリュフデス。でも、落としてしまったのでこれはお渡しできなくなりマシタ」 「え……いいじゃねえか、ちょっとくらい割れてても俺は別に」 「道路に落とした食べ物を渡すなんて、ワタシにはできマセン」 料理人としてのプライドがあるのか、頑固に首を振るトニオにもどかしさが頂点に達した億泰は、その広い肩を掴んでこちらを向かせる。 「俺のために作ってくれたんだろ、だからそのチョコくれよ」 「でも、これは」 「さっき、俺を守ろうとしてくれたんだよな。めったに怒らないあんたが、さ。びっくりしたけど嬉しかったりして……」 億泰に絡んできた不良を殴った時のトニオは、いつもとは別人のようだった。確かに格好良いところは見せられず残念だったが、ここに来たことは後悔していない。 自分のほうこそ、絡まれているトニオを見捨てられなかった。億泰の中ではかけがえのない存在になっているのだから。 ためらいがちにトニオが差し出してきた紙袋を、億泰は笑顔で受け取った。落としたと言っても、袋が潰れたり汚れたりしているわけではない。それよりも重要なのは中身 だ。トニオが作ったものなら間違いなく美味い。これは自信を持って断言できる。 「……おい億泰、俺もう帰っていいか?」 いつの間にか近くまで来ていた仗助が、呆れたようにこちらを見ている。道の真ん中ですっかり世界を作ってしまい、我に返ると急に恥ずかしくなった。 |