ESPERANZA 「ねえ露伴ちゃん。この指輪、覚えてる?」 そう言って鈴美は、右の中指にはめている指輪を見せてきた。今までは気に留めていなかったが、改めて見ると明らかに安物なおもちゃだ。 「その指輪と僕は、何か関係でもあるのか?」 「やっぱり忘れちゃってるかあ。昔のことだし、仕方ないわね」 特に怒った様子もなく、鈴美は指輪の赤い石の部分をそっと撫でる。 「これは昔、ふたりで夏祭りに行った時に露伴ちゃんが出店のくじで当てて、あたしにくれたものなの」 「……そんなの、覚えてないね」 「それでね、あたしに言ってたわよ。『僕は大きくなったら、鈴美おねえちゃんをおよめさんにする』ってね」 「なっ……!?」 あまりにも恥ずかしすぎて、僕は言葉を失ってしまった。一体何なんだそれは。 つい最近まで、そんな過去どころか鈴美の存在自体忘れていたのに。 嘘か本当かは彼女の記憶を調べれば分かるが、こんなことで僕を騙す奴には思えないし、改めて真実を突きつけられても余計に恥ずかしくなるだけで、 得なんかひとつもない。 「まあ、ガキの頃じゃそれが精一杯だろうな。今の僕ならもっと、いい指輪を君に買ってやれるぜ」 僕がそう言った途端、鈴美は何故か悲しそうな顔をして俯いた。 「露伴ちゃん、あたしにはこの指輪だけで充分よ」 「別に遠慮なんかしなくても……」 「気持ちは嬉しいけど、そのお金はあたしのためじゃなくて、露伴ちゃん自身のために使って。だって、あたしは」 「おい……やめろよ」 急に嫌な予感がして、僕は声を震わせながら鈴美の言葉を遮る。その唇が次に告げるはずの言葉を恐れていた。この僕が。 「今、露伴ちゃんから貰ったものは、向こうには持っていけないの」 「……鈴美!」 耐えられなくなった僕の叫びに、鈴美の肩が跳ねた。少しの沈黙の後、僕は自分を落ち着かせるために深く息をついた。空気は未だに気まずい。 「今日はもう帰る、僕は忙しいんでね」 「ろはん、ちゃん……」 僕の名前を呼ぶ鈴美に背を向けて、何も言わずに歩き出す。この辺から離れられない鈴美が、僕を追ってくるはずがない。 わざわざ言われなくても分かっている。鈴美はいつかこの世から、あの場所から、姿を消してしまうのだと。 永遠ではないとしても、束の間の夢を見ることすら許されないのか? 僕はあの小道に行く前から上着のポケットに入れていたものを取り出して、それを今立っている橋の上から高く放り投げた。 小さな銀色の輪が夕焼けの光に照らされて一瞬だけ輝いたのを、僕はぼんやりと見つめていた。 |