華と蝶 宙を舞う蝶が花に吸い寄せられるように、美しいもののそばには人が集まる。これは誰が定めたわけでもない、自然の流れだ。 青空の下、裕也はオープンカフェでジンジャーエールの入ったグラスに口を付ける。背後から抱きついて密着してくるアケミと、裕也の両脇を囲むように椅子に座っているヨシエとレイコ。学校の試験が数日続き、その期間は会えなかったせいか、3人は普段以上に裕也に甘えてきている。誰が1番、ということはなくそれぞれ平等に愛しているし、大切な存在だ。事故で重体になっても、顔が傷と痣だらけになってもそんな自分を気にして、毎日見舞いに来てくれた。 ヨシエが一口の大きさに分けたケーキをフォークに刺して、裕也の口元に運んできた。それを口に入れようとした時、テーブルを挟んで裕也の正面にひとりの男が現れた。コートもズボンも白づくめで、おまけに日本人離れした長身。どこにいても見間違えることはない彼を、裕也は知っていた。前に仗助に紹介されたのだ。 「噴上裕也、あんたに話がある」 男がそう言った直後、木刀やドスを片手に立ち上がったレイコやヨシエが、裕也に接していた数秒前とは別人のようなものすごい形相で男を睨みつけた。 「てめー誰だよ、邪魔すんじゃねーぞコラーッ!」 「さっさと消えなオッサン!」 散々な言われようだが、男は眉ひとつ動かさずコートのポケットに手を入れたまま裕也を見ている。 裕也よりも言葉遣いや気性の荒い女達を優しくなだめて大人しくさせると、余裕たっぷりにテーブルに片肘をつきながら裕也は男に問いかけた。 「おれに用かい? 承太郎さん」 「ああ、ふたりで話がしたい」 「ふーん……」 何のつもりか分からないが、少し考えてから裕也は女達にバイクを停めてある場所で待っているように告げた。後で必ず行くからと甘く囁くと、渋っていた3人はようやく納得してくれたようで、間もなく裕也は承太郎とふたりきりになった。 承太郎は空いた椅子を引くと、裕也の向かい側に腰掛ける。 「愛されているんだな」 「まあな、あの女どもの笑顔守るためなら命だって惜しくねえ。その覚悟はできてんだ」 「死んでも構わないということか……それは良くねえな」 「ん?」 「あんたが死んだら、あの3人は笑顔になれないだろう」 いかつい見かけからは想像できない純粋な反応に、裕也は驚いた。 「確かに、あいつらの幸せはカッコよくて美しいおれの存在あってこそだからな……」 口ではそう言いながらも、裕也のほうが女達の明るさや優しさに励まされ、支えられていることは自覚している。今は好かれていても、何かのきっかけで愛想を尽かされて離れていくのではないかと思うと、そのたびに不安になるのだ。 「そういや承太郎さん、おれに話って?」 「ああ、そうだな。実はこの前海に行った時に珍しい生物を見つけたんだが、捕獲しそびれてしまった。それであんたの嗅覚を使って、奴がどのあたりに潜んでいるかを知りたい。これがその生物が残していった……」 「え、あ、ちょっと」 裕也の返事も待たずに勝手に話を進める承太郎は、コートのポケットの中を探って何かを取り出そうとしている。得体の知れないものが出てきそうで、嫌な予感がした。しかも生物の何とやらをポケットに入れて持ち歩いているこの男は、色々な意味でただ者ではない。 「嫌だと言ったら?」 「あのマンガ家の先生が、あんたに会いたがっていたな。自分をあんな目に遭わせたのはどんなツラの奴だと」 「……もしかして、脅してる?」 「そんなつもりはないんだが」 絶対そんなつもりに決まっている。岸辺露伴には相当恨まれているはずで、今のところ遭遇はしていないが時間の問題だ。露伴とは険悪の仲らしい仗助はともかく、承太郎から裕也の情報を流されれば悪夢の対面の時がやってくる。更に露伴は執念深く根に持つ性格だと、聞きたくなかった話まで承太郎の口から告げられた。 裕也は重いため息をつくと、ジンジャーエールを一口飲んでから再び顔を上げた。 「分かったよ……で、いつ頃行く予定?」 「今週の土曜がいい」 「あー、土曜は女どもに付き合う約束してんだ。日曜ならいいぜ」 「その日はおれの都合が悪いんだ」 「何だよ、全然噛み合わねえなあ〜。じゃあまた別の機会にな」 裕也は4人分の伝票を掴んで席を立つ。承太郎は不気味なほど、無言でこちらに視線を向けてくる。しかしこれで諦めてくれたとは思えない。 「女どもとの約束キャンセルするつもりねえし、承太郎さんにもいるんだろ? そういう大事な存在が」 そう言って、承太郎の左手の薬指にある証を指先で示す。どうやら複雑な事情を抱えているのか、承太郎は裕也の言葉に初めて表情を曇らせる。それに気付かない振りをして、裕也はテーブルから離れた。 蝶を引き寄せるのは美しい花の宿命だが、厄介なものまで招いてしまうのは予想外だった。ワケありの妻子持ち男。深く関わらない方が身のためかもしれない。 ところが数秒先の未来すら何が起こるか分からないのが今の杜王町、そして自分達だ。 |