Haste makes waste 「なあ仗助、アレ知ってっか? よくテレビのCMでやってるやつ。えーっと……」 放課後に玄関で待ち合わせた億泰が、校門を出た辺りで突然頭を抱え始めた。何とか記憶を引き出してやりたいが、本人からのヒントがあまりにも少なすぎてどうしようもない。 「思い出せそうか? 何か他に覚えてることねえのかよ」 「あ! そうそう、聞いてるだけで英語が話せるようになるテープだよ! やべーよなアレ、どうなってんだろうな!」 それは確かによくCMでみかけるあの教材に違いないが、何故億泰がここまで食いついたのか謎だった。教科書やノートで地道にやるより楽なイメージだからか。もし本当に効果があるなら、英会話教室も学校の授業も不要になるが。 しかし延々と流れてくる英語を聞きながら熟睡している億泰が真っ先に浮かび、たぶん向いてないだろうなと思った直後に、億泰が鞄から1本のテープを取り出した。まさかそれは。 「実は昨日、家に来たおっさんが例の英語のテープを安く売ってくれたんだぜ! テレビでやってるのとはちょっと違うらしいけどよ、使い方は同じだっつーから」 「おいおいおい、そんで買っちまったのかよ! いかにも怪しい押し売りじ……」 嫌な予感が的中してしまい目を見開いた仗助に、億泰はそれ以上はやめろと言わんばかりに手の平を突きつけてきた。実はテープ購入を、ほんの少しだけ後悔しているのかもしれない。しかもテープは1本だけではなく、家にまだ10本近くあると聞いて目眩がした。 「……で、聞いてみたんだろそれ。どうだ?」 「いや、それがよー、家にあったラジカセが壊れてた! だからまだ全然聞いてねえ!」 ダメだこいつ! と心の中で仗助は叫んだ。口から出そうになったのを必死で飲み込んで耐えた。あの厳しい兄貴がまだ生きていれば億泰を止められたのに、現実は非情だ。 英語ではなくイタリア語なら、わざわざ金をかけなくても億泰が頼めば喜んで協力してくれる人物が身近にいるのに。 「そもそもオメー、何でそんなに英語にこだわるんだ?」 「そりゃーやっぱり、女子が注目するだろ? オレが英語の時間にカンペキな発音で話せればよー。とにかく早く話せるようになりてーんだよ」 早くモテたいの間違いだと思うが、結局行き着く先はそこか。億泰の彼女作りたい欲はかなりの本気らしい。ここまで来たらこちらが何を言っても聞く耳を持たないだろう。 「まずはラジカセ修理に出してそれから……って、あ!」 得意気な様子から急に青ざめた顔になった億泰が、こちらを向いたまま固まって動かなくなった。明らかに泣き出しそうな目をしている。 「やべー……テープ買っちまって、ラジカセ修理に出す金がねえ!」 「本気でアホだろお前!」 「仗助頼む、ちょっと金貸してくれよ! オレの明るい未来のために!」 「すがりつくな、オレはもう知らねー!」 |