変身 金がない。 学生だろうが社会人だろうが、財布の中身が寂しいと心の余裕までなくなる。人類共通の切実な悩みだと思う。 どれくらい金がないかと言うと、カフェで飲み物1杯飲めるか飲めないか、という果てしなく限界ギリギリなレベルだった。当然、地味に貯めていた預金もない。 これはもう、ブランド物の新しい靴を買うどころではなかった。来月の小遣いまでどうやって過ごせばいいのか、仗助は常に頭を抱えていた。 放課後に億泰と別れた後で町を歩いている最中、道の端に何か光るものを見つけた。近付いてよく見ると、それは500円玉だった。1円玉くらいならその辺に落ちていても おかしくないが、こんな大金が落ちているとは信じられない。さりげなく拾ってその重みを感じる手が、驚きと喜びに震えてきた。 警察に届けようなどという、天使のような心は持ち合わせているはずがない。今は財布が軽すぎて緊急事態なのだ。誰が落としたのかは知らないが、恵まれない高校生に 救いの手を差し伸べてくれてありがとう。 拾った500円玉をそっとポケットにしまおうとすると、それは急に仗助の手のひらの上で液体状になり、様々な方向に広がっていった。 「うおっ、何だ!?」 液体は再び一箇所に固まり、短時間で人の顔を形成してやがて全身の形を作り出した。長い髪の、日本人離れしたような顔立ちの変わった雰囲気を持つ男だ。 「み、未起隆じゃねえか! またお前、物の形で現れやがって!」 「あの形で待っていれば、仗助さんは目ざとく気付いてくださると思っていたので」 「くそっ、あれが本物ならカフェで何か飲みながら優雅な時間を過ごせたのによお……仗助君のピュアな心は深く傷ついたぜ!」 「仗助さんの期待を裏切ってしまって、すみません」 自称宇宙人のこの男は、そう言って丁寧に頭を下げた。地球では支倉未起隆という名前で生活しているらしい。この話はどこまでが本当なのか分からないが、スタンド 使いでもないのに物に変身する能力を持っていたりと、何かと謎が多い。 決して悪い奴ではないので、共に鉄塔で戦ってからは仲の良い付き合いが続いている。 本人いわく地球のことはまだ勉強不足らしく、とんでもないことを言いだしてこちらが冷や冷やする時もあるが。 「仗助さんの青い果実を踏み荒らしてしまったと思うと、胸が痛みます」 「誤解を招くような言い方すんな!」 出会った頃はサイコロも知らなかったくせに、今では余計な知識はしっかり身に付いている。一体誰に吹きこまれたのだろう。テレビや雑誌に影響されたのか。 「そういうわけで、お詫びのしるしに何か仗助さんのお役に立ちたいと思っているのですが」 そんなことを急に言われても、と悩んだがすぐに、頭の中でひらめくものがあった。仗助は鞄の中を探ると1冊の雑誌を取り出す。 もはや読み過ぎてぼろぼろになっているが、基本的にいつまでも保存しておくものではないので気にしていない。そしてその中の1ページを開いて未起隆に見せた。 「これは?」 「今年の秋に出る新作のジャケットだよ! 右端の奴が着てるのがすげえ欲しいんだけど、この値段じゃとても手が出せねえんだよな。ちょっとでいいからお前、 このジャケットに変身してくれよ。そう、傷ついた俺の心を癒すにはこれしかねえ! 頼むぜ未起隆!」 無言で雑誌の写真を見つめている未起隆に、仗助はひとりで大盛り上がりしながらまくし立てた。まだ店にすら出ていないブランドの新作だ。もしこれを着て 町を歩ければ優越感やら快感やらでもうたまらなくなるだろう。正直、そこまで心は傷ついていないので、未起隆を騙していることに少しばかりの罪悪感はあるが。 誰かに自慢してやろうと企みながらあれこれ想像を膨らませていると、いつの間にか立ち位置を変えていた未起隆に背後から抱き締められた。さすがに驚いて混乱する。 「なっ、ななな何してんだよ!」 「昨日テレビで、仲の良い男女がこうしているのを見たもので」 振り向いた先の未起隆は真顔で、淡々と語る。やはり地球での情報源はテレビか。 「いや、俺とお前は野郎同士だぞ! これはおかしいだろ!」 「どんなに高い上着よりも、このほうがずっと暖かいらしいです」 「わけわかんねえ!」 しかもその臭い台詞みたいなのは誰が言ったんだと、仗助は動揺しながら心の中で付け加えた。普通の男が相手なら違和感がありすぎて怒りすら感じているかもしれないが、 自称宇宙人の未起隆だ。下心のかけらもなく、純粋にテレビで見た場面の真似をしているだけかもしれない。男女の間では愛情表現のひとつだということも知らずに。 そう考えながら心を落ち着かせる。とりあえずこれは、少々行き過ぎたスキンシップだと思うことにした。外国人は挨拶代わりに軽く抱き合ったりするのだから。 やがて未起隆が離れていき、何事もなかったかのように再び雑誌を眺め始めた。ようやく妙な焦りから解放されて仗助は深い息をつく。 「それではこの上着に変身しますね」 「ち、ちょっと待て!」 自分で未起隆に頼んでおきながら、慌てて待ったをかける。未起隆が化けたジャケットを着るということは、先ほど背後から抱き締められたのと同じ状況になるわけだ。 そう考えると複雑なものがある。提案した時点ではそこまで深く考えていなかった。初対面の日に、サイレンの音で暴走した未起隆が仗助の靴になって走った時は、驚きが 先立って変に意識するどころではなかったのだ。 仗助の心変わりに不思議そうな顔をしている未起隆を見ていると、ひとりで焦っている自分こそが不健全な考えを持っているのではないかと思い、情けなくなった。 |