続 ・ incest 「最低ですね」 仗助の記憶を読み終えるなり、露伴は冷やかな視線をジョセフに送ってきた。すぐそばで壁に背を預けながら立っている承太郎も、同じような表情でこちらを見ているので、 ますます肩身が狭くなった。 「全く……あなたは一体何を考えているんですか、息子に手を出すなんて」 「とんでもねえケダモノだな」 ふたりの言葉が重く胸にのしかかり、酔って記憶がない間の自分の行動がどれだけ酷いものだったのかを思い知らされる。 昨日の朝、目が覚めるとすぐ隣に裸の仗助が居た。状況が飲み込めなかったので事情を聞いた途端に仗助は怒り始め、それ以来話しかけても無視をされ、電話にも出てもらえ なくなった。もう何がなんだかどうしようもなくなり、承太郎と露伴に協力してもらうことにしたのだ。 まずは承太郎が仗助を部屋に呼び出し、隙を見て露伴がスタンドを 仕掛ける。見事な連携プレイで計画は成功したのだが、衝撃の事実が発覚してジョセフは覚えのない行いを責められることになった。しかし酔っている間に仗助に手を出して しまったのは確かなようで、普段は楽天的なジョセフもさすがにショックを受けた。 「これからどうするつもりですか」 「どうする、って」 「このままだと仗助は、あなたを許さないでしょうね」 仗助はジョセフを恨んだまま許すことはないだろう。日本に来てから、2度も仗助を失望させる羽目になってしまった。もちろんこのままで良いわけが ないのだが、謝っても簡単には許してもらえない気がする。 「もう間違いを繰り返さないと約束できるなら、僕にいい考えがあります」 「え……?」 「仗助の中の、あなたに抱かれた記憶を消すんですよ」 ある意味で容赦のない露伴の提案に、ジョセフの心が揺れた。露伴のスタンドを使えば、今回の件は全てなかったことにできる。気まずくなってしまった仗助とも、また以前の関係に戻る。 露伴の膝元で気を失っている仗助は、目を覚ませばジョセフを避けるだろう。 「どうしますか、ジョースターさん」 鋭い口調で決断を迫られ、ジョセフは唇を噛んだ。酔った父親に抱かれたことで、仗助はきっと深く傷ついた。ジョセフがアメリカに帰った後も、それを一生引きずって いかなければならない。もしかするとこの先、まともな恋愛ができなくなる可能性もある。全てジョセフのせいだ。本来なら高齢のジョセフとは違い、まだ未来のある 若者なのに。 「……仗助はやっぱり、俺とのことは忘れたほうが幸せなのかもな」 ジョセフの言葉に、露伴は深いため息をつく。承太郎とも目を合わせられず、黙って俯いた。 外出先から戻ると部屋のドアの前に仗助が立っていて、ジョセフは思わず足を止めた。一瞬引き返したくなったが、目が合ってしまって逃げられなくなる。 「いきなり来ちまって悪いな。ちょっと、いいか?」 「分かった……入りなよ」 そんなやり取りの後、ふたりで部屋の中に入る。ドアを閉めた途端に沈黙が訪れた。仗助はこちらに背を向けたまま動かない。 「俺の記憶、消さなかったんだってな」 「……ああ」 仗助の言うとおり、結局ジョセフは露伴の力を借りて記憶を消すことなく仗助を家に帰した。ジョセフの決断が意外だったのか、露伴は眉根を寄せてこちらを見ていた。 しかしその後は、仗助の記憶を読んだ直後のような冷たい視線を向けてくることはなかった。 「実は俺、あんたが露伴に話してるの全部聞いてたんだ」 「目、覚めてたのか?」 「あいつに起こされた。でも俺はまだ気絶してる振りをして、あんたの話を」 そこでようやく仗助は、こちらを振り向く。見せた表情には怒りも軽蔑も含まれていなかった。 露伴は仗助に対するジョセフの本音を、あの場で引き出したのだ。記憶を消すかどうかの問いかけは、そのためだったのかもしれない。 『確かに仗助の記憶を消してしまえば、こいつも楽になれるだろうし、前みたいに仲良くできると思うんだよね。でもそれって、なんか違う気がしてさ……都合の悪いことを リセットしてやり直したら、俺は卑怯者になっちまう。仗助が望んでるならともかく、俺が勝手に決めることはできねえ』 露伴にそう言った時の気持ちを、今でも覚えている。 何もかも今更でも、人としての道をこれ以上踏み外したくはなかった。もし記憶を消したとしても、仗助の顔をまともに見ることはできなくなるだろう。 仗助の心に傷は残してしまうが、この先嫌われ続けても自分が引き起こしてしまった結果から、逃げずに受け止めることがせめてもの償いだと思った。 「最初はすげえむかついてたから、話を聞く気にもなれなかった。でもあの時、ようやくあんたの本音を知って……嬉しかったんだぜ。俺の気持ちを尊重して くれてるんだって」 「俺はそんなに、いい奴じゃないって……お前も分かってんだろ」 「でも俺はさ、あんたとしちまった記憶を消したいとは思わなかった。何でなのか、よく分かんねえけどよ」 仗助はこちらに近づき、ジョセフの胸に顔を埋めた。理性を保たないと後悔することになるので、愛しすぎて抱き締めてしまいたい衝動を必死で堪える。 「あんたに抱かれてから俺、変なんだ。夜になるとあの時のことばっかり考えちまって……苦しい」 誘う言葉のたどたどしさに、余計にそそられてしまう。普段はこちらに対してあまり愛想が良くないため、今まで知らなかった仗助の一面を見ているようだった。もしこんな ふうにしてしまったのが自分だとしたら、責任は相当重い。16年間面識がなかったとはいえ、血の繋がった息子をおかしな方向へ狂わせた。 今、仗助と目が合ったらどうなるか分からない。それでもその顔を上げさせて、若い頃の自分とよく似た仗助を見つめる。予想通り、視線が重なった途端に理性が崩れ始めた。 「お前さ、もしかして誘ってんのか」 「このまま帰されたくねえって、思ってる」 ジョセフ以外の誰かとどんな行為をしても満たされなくなるほど、仗助を乱れさせたい。まだ大人になりきれていない心ごと、全て独占したい。そんな恐ろしい考えが頭をよぎった。 最低だの、ケダモノだのと罵られても構わない。仗助が欲しい。 これから先、仗助のことはそういう対象として見るようになる。周囲の勘の良い人間ならきっと気付くに違いない。そして何かの形で報いを受けることになるだろう。 禁忌を犯した先には、甘い幸せなど存在しない。分かっていても、もどかしいほど不器用な誘惑に抗うことはできなかった。 |