確認事項 それぞれ違う店の名前が入った、大きさや色の違う手提げ袋を持ったジョセフが嬉しそうに隣を歩いている。 これらは全て、今の若い姿でいるときに着る服だ。いつまでも承太郎のものを借りているわけにはいかないと言うので、露伴がジョセフの買い物に付き合って色々な店を まわったのだ。一体これだけでいくら使ったのか分からない。ジョセフはニューヨークの不動産王で、自由になる金はいくらでもあるようだ。 露伴君にも何か買ってあげるよ、と言われたが迷いもせずに断った。こちらもジョセフほどではないが金には不自由しておらず、貢いでもらう必要はない。 何かを買い与える気があるなら、それは息子の仗助に対して言ってやるべきだと思う。 「ジョースターさん、荷物少し持ちましょうか」 「いいのいいの! 俺が自分のために買ったものだしね」 そう言ってジョセフは、露伴の案内で次の店に向かおうとしている。日本での流行を教えてほしいと言われたが、あいにく自分は流行には全く興味がないので、 店に連れて行って好みの服を自分で選んでもらうことにした。すると最初の一軒目から大量に買い込んだので驚いた。 ちらりと見えたジョセフの財布の中には、米ドルを日本円に替えた札束がぎっしりと詰め込まれていた。 先日、ジョセフが泊まっているホテルの部屋に初めて足を踏み入れた。とは言えそこでいかがわしい行為に発展することはなく、普通に椅子に座って話をするだけで 終わった。この際ジョセフとならどうなっても構わないと思っていたので、拍子抜けしてしまった。その代わり昔の話を色々聞けて満足だった。 もしいつかジョセフと身体の関係を持ったなら、こうして堂々と外を歩くことはできなくなるのだろうか。ただ好きだと言われただけで、唇すら重ねていない仲だ。 ジョセフは露伴とはどこまでの関係を望んでいるのか、この様子ではさっぱり分からなかった。 やがて喉が渇いたというジョセフのために、少し歩いた先のカフェへと連れて行った。この辺りでは学生から社会人まで多くの客がついている、有名なところだ。 今日は天気が良いので、青空の下で何かを飲みながら休むのもいいだろう。 休日なので客は多かったが、まるで用意されていたかのようにひとつのテーブルだけが空いていた。 「今からちょっとした手品をしまーす!」 そう言うとジョセフは、注文を聞いた店員が置いて行った水の入ったコップを手に取る。急に何事かと思いながらそれを見ていると、そのコップを逆さまにした。 中に入っていた水は一滴もこぼれ落ちていない。思わず身を乗り出した露伴には見えていた。逆さまのコップを持つジョセフの手が、不思議な光を放っているのを。 「俺が昔、修行した成果だよ」 「スタンドではないんですか」 「これは波紋の力さ、鬼のような師匠に鍛えられたからねえ」 更にジョセフは中に指を突っ込み、ゆっくりとコップを引き抜いていく。すると中の水はコップの形を維持したまま固まっていた。触れてみると、水はまるでゼリーか何かの ように弾力のある固形物に変化している。これも波紋というものの力なのだろうか。 他では見られない珍しい光景だった。スタンドとは全く違うそれに興味を持ち、露伴はスケッチブックとペンを取り出すとジョセフの手元を素早い動きで描いていく。 その間にふたりが注文したコーヒーとコーラが運ばれてきた。 「ねえ露伴くーん、俺いつまでこのままでいなきゃダメなの?」 「もう少し我慢しててくださいよ」 「飲み物も来たしさあ、ちょっと休憩しようぜえ」 ジョセフと居るのは色々と面白い。今日までは波紋というものすら知らずに過ごしてきた。彼には生まれつきの素質があったようだが、更に修行して戦いにも生かして きたらしい。波紋を使った戦いというのは、一体どういう感じなのだろう。好奇心が次々と刺激されていく。自分でも止められないほどに。 「……ジョースターさん」 「え?」 「あなたのことをもっと知りたいと言ったら、迷惑でしょうか」 そう告げるとジョセフは驚いたような表情になり、手から発していた光が消えた。直後に水は固形から元の液体に変わり、ジョセフの 手やテーブルを濡らした。 「き、急にどうしちゃったの? まあ俺は嬉しいけどさ……」 「元からあなたを尊敬していましたし、興味もありました。もっと理由が必要ですか」 不倫相手であった仗助の母親は、息子と共に16年間放置されたのにも関わらず、今でも強烈にジョセフを愛し続けていると聞いたことがある。そんなジョセフの引力は 半端なものではない。自分もその引力にやられてしまったのだ。最初は純粋に尊敬していただけのはずが、未来は一寸先でさえ分からない。 「前にジョースターさんも、自分のことを僕に知ってほしいと言ってましたよね。これでお互いに気持ちが一致したわけだ」 そう言うと露伴は、テーブルの上に置かれているジョセフの手に触れて握る。日本人の露伴とは違う色をしたジョセフの目が、こちらをじっと見ていた。 杜王グランドホテルに着き、ジョセフが泊まっている部屋に向かう途中で空条承太郎と顔を合わせた。 彼とはあまり話したことがないので詳しくは分からないが、ジョースター家とは深い付き合いのある団体と連絡を取りながら、今回の件の調査を進めているらしい。 「じじい……また勝手に出歩きやがって」 「今日は露伴君と一緒だったから、大丈夫だよーん!」 厳しい視線を向けてくる承太郎にも臆せず、ジョセフは軽い口調で言うと露伴の肩を抱き寄せた。気のせいか、承太郎を見ているジョセフの口元に意味深な深い笑みが 刻まれている。承太郎が眉をひそめた。部外者の自分でも分かるほど、ふたりの雰囲気はどこかおかしい。 「そうか、うちのじじいが妙な真似をしないように見張っていてくれ」 承太郎はこちらをちらりと見た後で、振り返りもせずに立ち去って行った。これからまた調査に出掛けるのだろうか。その後ろ姿を何となく眺めていると、ジョセフが 急に抱きついてきた。 「ねえ今の聞いたあ? 俺達って承太郎公認の仲だってさ!」 「……そういう意味なんですか、さっきのって」 何か違うのではと言いたくなったが、ジョセフには軽く受け流されると思い黙っていた。 明らかに、承太郎や仗助の目が届かない時のお目付け役として任命されただけのような、そんな印象だった。 部屋に入ると、先日のようにテーブルのそばにある椅子に腰掛けた。向かい側に同じようにして座ったジョセフは、先ほどまでとは違う真剣な顔をしている。 そして、君に確認しておきたいことがある、と言われた。 今のジョセフはある程度は自分の思い通りのタイミングで若返ったり、元の姿に戻ることができるらしい。しかし、たまにうまくいかない時もあるという。 「じいさんの姿に戻った後で、もし今の俺がずっと出て来られなくなったら、もう君とはこうして話もできなくなる」 それは目の前に存在している若いジョセフとの、永遠の別れを意味していた。 そもそもこうしてジョセフが昔の若い姿でいること自体が異常なわけで、本当なら79歳の老人なのだ。それが正しいことだと分かっているが、今のように若返った状態で 頻繁に現れると、時々それを忘れてしまいそうになる。 「つまり、何が言いたいんですか」 「俺は君のことが好きだけど、これ以上のめりこむと急に別れが来た時に辛くなるんじゃないかって」 「あんなに僕に絡んでおいて、そんなの今更ですよね」 別れが来た時に辛くなるのはジョセフ自身を指しているのか、露伴を心配しているのか、それについては触れなかった。そういう部分も含めて、 やはりジョセフはずるい男だと思った。本人も前にそう言っていたので自覚はあるようだが、今までは軽いノリで迫ってきていたくせに、こちらが流されかけた途端にそんなに 真剣な顔で気遣いをする。部屋に入ってすぐに押し倒されて、そのまま抱かれたほうがずっと気は楽だったかもしれない。 自分とジョセフの間に存在する一番の障害は、片方が妻子持ちだということよりも、元からこの時代にあってはならない存在を愛してしまった事実だった。ある意味これは 貴重な経験だと思う。それにジョセフが戦いの中で失ったという親友の件もある。彼は雰囲気が何となく露伴に似ているらしいので、多分こうして顔を見ているだけで その親友を思い出している。 ジョセフがそれを隠そうともせずに告げてきたことで、露伴の中に複雑な感情が生まれた。これから先、ことあるごとに自分に似た男の存在に苦しめられることは目に見えていた。 色々と考えてみたものの、だからといってジョセフへの特別な感情を抑えて過ごせるかと問われれば、自身の中で答えはもう出ていた。 露伴は椅子から立ち上がると、ジョセフのすぐそばまで歩み寄る。そして顔を近付け、自分から唇を重ねた。慣れているわけではないので上手くできているかは分からないが、 雰囲気を壊さない程度にはこなせていると思う。 ジョセフは拒みもせずに、それを受け入れている。やがて舌先を触れ合せ、くちづけは深いものへと変わっていった。身体中が甘い熱さで痺れ始め、立っていられなくなる。 ねっとりと舌を絡ませながらジョセフの肩に縋るようにしがみつく。 「これ以上、難しい話をするのは野暮だよね……」 唇が離れた後、耳元でそう囁かれる。こうして欲情混じりに触れ合える日々がいつ終わるか分からないのなら、可能なうちに楽しみたい。 大きく固いジョセフの手のひらが、露伴の短い服の裾から中へと入りこみ背中を撫でた。 |