恋の結末/前編 「俺が何も知らねえとでも思ってたのかよ!」 目の前で上がった怒声と共に突き飛ばされた直後、壁に背中を強く打った露伴は痛みで小さく呻いた。 こうなることは予想していた。いつかはこの日が来るのではないかと、ずっと思っていたのだ。決して避けられない修羅場を。 玄関のドアを開け、そこに立っていた仗助の顔を見た瞬間に分かった。ジョセフとの関係を全てを知られたのだと。 仗助は正面から、鋭い目で露伴を睨んでいる。その表情は明らかな激しい怒りに満ちていたが、間近で見るとうっすらと目に涙が浮かんでいた。こんな仗助を見るのは初めてだった。 「とっくに知ってんだよ……あんたとじじいが、べたべたしながら町中を歩いてんのを。あの様子じゃ、隠すつもりなんか全然なかったんじゃねえのか」 「べたべたしているつもりはないが、一緒に歩くぐらい普通だろ。僕とジョースターさんは気が合うんでね」 「気が合う程度の関係で、じじいの部屋に泊まったり抱き合ったりすんのはおかしいだろ!」 全部見られていたんだな、と露伴はやけに冷静な頭で考えた。あれだけ隠れもせずにジョセフと歩き回って、別れ際に部屋の外でいちゃついていれば誰かに見られていても おかしくはない。後ろめたい関係でも全く罪悪感を抱いていない様子の若いジョセフに、つい自分も調子を合わせてしまった。少しくらいなら大丈夫だと。 その結果、露伴とジョセフの関係は仗助を傷付けた。まさに先日、承太郎が忠告していた通りに。 「あんたもじじいも、どうかしてる……絶対に許さねえ」 自らの手を握り締めながら、仗助は苦しそうな声で呟いた。あふれた一粒の涙が頬を濡らしていく。 仗助に認められたいと願ったジョセフは、露伴と深い関係になったことで息子に再び不信感を持たせてしまった。露伴は個人的に仗助のことは好ましく思っていないが、 ジョセフが悲しむのは良くない。たとえ願いとは矛盾した行動と取っていたとしても。すでにジョセフには、恋愛とは違う深い情も移っていたのだから。 「気の済むまで僕を殴れよ、前みたいにスタンドでも何でも使ってさ」 「……何だと?」 「ジョースターさんの冗談を真に受けた僕の責任だ。僕の心が揺れなければ、あの人は間違いを犯さずに済んだ」 「あんた、何でそこまでじじいのことを……」 「好きだからに、決まってるだろ」 少しの迷いもなく露伴が言うと、仗助は俯いて口を閉ざした。しかしすぐに顔を上げると、 「じじいは絶対に、あんたより俺を選ぶ」 「大した自信だな」 「他人のあんたには負ける気がしねえ」 「それはどうだか……」 強気で宣戦布告をして去っていく仗助の後ろ姿を眺めながら、何となく胸騒ぎがした。最後は全て仗助が持っていくのではないかという予感は、時間が経つごとに大きく 確かなものになる。 自分の息子と他人、最終的にジョセフがどちらを選ぶかなど、よく考えなくても分かっていた。それでも仗助に対して負けを認めたくはなかったのだ。 「露伴君、何かあった?」 行為の後、ベッドの中でぼんやりと仰向けになっていると、隣で寝ていたジョセフがそう言いながら身を起こした。逞しい腕や肩。もう何度それらを眺めてきただろうか。 「何ですか、いきなり」 「今日の君っていつもと違う感じだったからさ」 「そうですか、特に変わらないと思いますけどね……」 口では知らない振りをしながらも、本当はいつもの自分とは違うという自覚はあった。ジョセフの部屋を訪れた直後から、露伴は我を忘れたかのように積極的に求めた。 昼間に仗助と、ジョセフのことで口論をしてから仕事が手につかなくなるほど落ち着かなくなった。思っていた以上に自分は、ジョセフに入れ込んでいたのかもしれない。 「ジョースターさんは、本当に僕のことを」 「好きだよ」 露伴の言葉を最後まで聞かずに、ジョセフは唐突にそう答えた。問いかけようとしていた内容を先読みされてしまった。これもジョセフの得意技のひとつでもあるのだが。 大きな身体が視界を遮り、唇が露伴の頬や目蓋に触れる。自分が散々煽ったせいで激しかった行為とは逆の、じれったいような優しい仕草で。 「そういえば俺、露伴君から好きだって言ってもらったことないよな」 「強引に言わせるつもりですか」 「そんなの意味ないし、嬉しくねえなあ」 言いたくなったら聞かせてよ、と囁かれる。 好きだの愛してるだの、甘い言葉のやりとりは抵抗があった。逆にジョセフは嬉しそうに好意を示してくるので、くすぐったさと嬉しさ、そして苦しさが胸で複雑に絡み合う。 ジョセフは最初の頃に言っていた通り、昔失った親友の面影を露伴に重ねている。最中にその名前をうっかり呼ぶという酷い失態は犯していないが、ある種のフィルターを 通して見られている事実が、時々苦しくなる。こうなるのは承知で付き合ってきたはずなのに、今更辛いと思い始めた。 例の親友に似ていれば、ジョセフは誰が相手でも好きになったのか。とりあえず寂しさが紛れれば、それでも良かったのか。 「君を不安にさせてる自覚はあるんだよね」 「……えっ?」 「でも、君への気持ちは嘘じゃねえんだ」 まるで露伴が抱えている不安を見透かしているかのように、ジョセフは真剣な顔でそう言った。普段は軽い調子で接してくるくせに、そんな顔をされると参ってしまう。 隣で眠るジョセフを、露伴はベッドから身体を起こした体勢で眺める。昼間の仗助との件や、先ほどジョセフと交わした会話が次々と頭によみがえってきて眠れない。 こうなってしまった以上はもう、今までのようにジョセフと付き合っていくことは難しい。 すでに承太郎や仗助とは対立している。このままでは露伴だけではなくジョセフも、孫や息子に激しく責められるだろう。そう考えると、優しくされればされるほど辛くなる。 露伴は眠っているジョセフの唇にキスをした。起こさないように、そっと。 「……好きです」 今まで口に出さなかった気持ちを、ようやく言葉にした。 |