君のために僕は





某国では高値で取引されているだの、これをめぐって遠い昔に戦争が起きただの、怪しい売り文句を聞かされた挙句に1000円で買った鉢植えは、気味の悪いオーラを放っていた。
毒々しい紫色をした、アロエに似た形のものが土から2本生えている。取材先の町で露店を開いていた、拙い日本語を操る外国人から購入したものだ。
普通なら絶対に選ばないが、その日に限っては何故かその植物に好奇心を抱いた。
水を与え続けて3日、リビングの窓際に置いているが特に何の変化もなかった。面白いことが起こるのを期待していたが、あの外国人に騙されたのだろうか。よく考えれば戦争の元凶になるほどの貴重な植物が、たったの1000円で売られているわけがない。 枯れてきたらすぐに処分するつもりでいた。
更に2日が経った夜、風呂上りにリビングのソファでを眠っていると何かが頬に垂れてきた。それは粘りのある液体で、透明で生温かい。そして服の裾から入り込んできたものが視界に入った途端、完全に目が覚めた。
窓際に置いてあるあの鉢植えから伸びてきているのは、まるで成人向けの漫画で見かける触手だった。2本ともぐねぐねと妙な動きをしながら、露伴の身体を直にまさぐっている。
着ていたのがバスローブのみだったせいで、簡単に入り込まれてしまったのだ。先ほどの液体は、えらの張った亀頭を思わせる触手の先端から垂れてきていた。
性感帯を愛撫され、恐怖を上回るほどの快感が全身を襲う。尻の窄まりは吐き出された粘液を使って少しずつ拡げられ、この生き物は露伴を最後まで犯す気なのだと覚った。
触手の動きに合わせて無意識に足を開いていく自分が信じ難い。服も肌も粘液で濡らしながら、喘ぎ声を上げかけた口はもう1本の触手で塞がれた。


***


「露伴、また痩せたんじゃねえの?」

学校帰りにこの家を訪ねてきた仗助に問われて、露伴はマグカップを持つ手を止めた。
テーブルを挟んだ正面から向けられてくる視線は、本心を探ってくるようで居心地が悪い。

「ぼくは何も変わってないぞ、気のせいだ」
「顔色もあまり良くねえし、ちゃんと食ってんのかと思って」
「……ああ」

確かに仗助の言うとおり、確かに前より体重が落ちていた。食事や運動の量は以前と何も変わっていないはずだが、ひとつだけ思い当たることがある。例の鉢植えだ。
今は仗助の背後で普通の植物として大人しくしているが、夜になるとグロテスクな触手に姿を変えて露伴を犯す。最初は予想外の事態に驚いたが、人間相手では不可能なアブノーマルな性行為にすっかりはまりこんでしまった。
日を重ねるごとに大きく、本数が増してくる触手が与えてくる快感は恐ろしいほど身体に馴染み、今では行為無しでは物足りなくて眠れない。

「もしかしてお前、ぼくのことを心配しているのか」
「心配、っつーか……すげえ気になってさ。その、ほっとけねえって言うか」

露伴から目を逸らし、そう呟いた仗助の頬はかすかに赤くなっていた。どういうつもりなのかは知らないが、今まで見せたことのない表情に胸騒ぎがする。
急に訪れた沈黙と、理由の見えないもどかしい空気が耐えられない。

「お前に心配されるほど落ちぶれちゃいない、ぼくを誰だと思っているんだ」
「はいはい、相変わらずだな露伴先生は……」

それまでの表情から一転して呆れたように言う仗助を見て、ようやく冷静になれた。しかし仗助相手に一瞬、心が揺らいでしまった。こんな余計な感情は早く忘れなければ。
マグカップに半分ほど残ったコーヒーの味も、よく分からなくなっていた。


***


待ち望んでいた夜になり、露伴はリビングの鉢植えから伸びてきた触手に身体を絡め取られた。羽織っていた白いシャツは粘液でべっとりと肌に張り付き、すでに10本近くに増えた触手の中の1本が口元に伸ばされ、先走りのような液体をねっとりと垂れ流す。
それをためらいもなく咥え込んで吸い付くと、口内で硬く膨れ上がってきた。最初は吐き出しそうなほど生臭かった粘液の味にも、今は慣れてしまった。
全ての触手に無数に埋め込まれた目玉が、一斉にこちらを凝視している。充血気味なのが生々しい。しかも今、露伴の中に潜り込んでいる触手にも同じものがついている。いくつかの目玉に狭い腸壁をごりごりと擦られ、感じたことのない刺激に気が狂いそうだった。
夕方の出来事を振り切りたくて、腰を揺らしながら触手を締め付け、ひたすら淫らな行為に没頭した。普通の人間が見れば卒倒しそうな光景だが、露伴にとっては天国だった。
特に、高く上げた尻を深く突かれるのが好きで、誰にも聞かせていない乱れた声を上げる。

「ぼくを狂わせてくれよ、もっと……ん、っ」

露伴の呟きに応えるように、更にもう1本の触手が露伴の窄まりを強引に押し拡げて入ってきた。粘液にまみれていても、同時に2本を受け入れるのはきつい。眉を寄せ、鋭い痛みを堪える。

「あ、ぐっ……痛っ! でも……いい、すごいっ」

無残に拡げられた穴を想像して感じた寒気も、すぐに消え去った。
他の触手は勃起している露伴の性器も見逃さず、絶妙な強さで巻きついて器用に扱く。すると一気に射精感が込み上げ、気を抜けばすぐにでも達してしまいそうだ。
触手達の目玉は今夜突然現れたもので、多分こうして交わるたびに成長しているのかもしれない。それは面白い刺激を求めて購入した自分には好都合だった。
やはりあの外国人の怪しげな話に嘘はなく、確かにこれはただの植物ではなかった。卑猥な玩具を連想させる毒々しい紫色、そして埋め込まれている無数の目玉。相手の姿が不気味であるほど興奮する。
息を荒げる露伴の口の端から、飲み込めずにいた唾液がこぼれ落ちる。やがて抜き差しを繰り返していた片方の触手が直腸の中で膨れ上がり、熱い液体を勢い良く注ぎ込んだ。
もし自分が女なら、このおぞましい生き物の子供を宿すことになるだろうか。子宮のない身体では不可能だが、それも面白いかもしれないと思った。

「あつ、い……そろそろ、ぼくもイキそうだ……は、あっ」

絶頂へと押し上げられた瞬間、テーブルに置いていた携帯電話が鳴った。電源を切り忘れたことを思い出し、舌打ちしながら覗いた画面には憎たらしい奴の名前が表示されていた。
そのまま電源を切ってしまえば良かったはずが、幸せな時間を邪魔されて苛立っていたので、文句を言いたくなり通話ボタンを押していた。

「……じょう、すけ」
『露伴、こんな時間にごめんな。どうしても今すぐ伝えたい話があるんだ』

顔は見えなくても仗助は、かなり思い詰めていると分かる。怒鳴りつけてやるつもりが、そんな気分は萎えてしまった。

『あの、おれは……やっぱり、あんたを放っておけねえ。帰ってからもずっと露伴のことばっかり考えちまって』

絨毯に頬を伏せながら、携帯電話を通して仗助の声を聞いている間も触手の動きは止まらない。液体を吐きだした触手が湿った音を立てて出て行った途端、突然の刺激に声が漏れかけて慌てて口を塞いだ。
中に残っているもう一方の触手は絶え間なく露伴を犯し続け、先ほどまで口に咥えていた触手も待ちきれないと言わんばかりに、濡れた太い先端を頬に擦りつけてくる。

「ふ、うっ……あ」
『露伴……?』

小さな喘ぎが聞こえたのか、仗助が話を中断して呼びかけてくる。早くイキたい、一晩中触手達に貪られて浅ましい快感に溺れたい。今は何よりも、疼く身体を満たしたかった。

「今のぼくに必要なのは、お前じゃない。ガキの遊びに付き合っていられるか」

震える声でそう言うと、露伴は返事も待たずに通話を切った。直後、胸の奥で張り詰めていたものが弾ける。懸命に抑えこんでいた淫らな喘ぎと共に、触手にいじられていた性器から精液が噴き出した。
途切れる意識の中で、痩せた腕の血管が皮膚から不自然に浮き出ていることに気付いた。
毎晩続く快感の果てにたどりつく先が何なのか、今は考えもしなかった。


***


露伴から一方的に通話を切られてから数日、仗助は放心状態のままだった。どうしても伝えたい言葉を聞いてもらう前に、あっさりと振られてしまったのだ。
初対面の印象は最悪だったが、それから色々な出来事を経て気になる存在になった。ただの知り合いや友人の関係ではなく、向こうさえ受け入れてくれるのなら恋人になりたかった。
最近、元から痩せ気味だった露伴はいつの間にか更に細くなり、顔色も良くなかった。もしかすると重い病にでもかかっているのだろうかと、考えるたびに落ち着かない。 あの男が仗助に悩みを相談するとは思えないが、自分に出来る限りは力になりたい。漫画一直線のいかれた野郎のことを、全力で支えたいと思っている。
振られた今も、完全に吹っ切れていない。忘れようとしても上手くいかない、苦しい日々を過ごしていた。
そんな時、学校の廊下で顔を合わせた康一から妙な話を聞いた。

「露伴先生と、連絡が取れないんだ。電話しても出てくれないし」
「お前からでも?」

仗助はともかく、親友だと言ってはまとわりついている康一から連絡をしても通じない。これは何かあったとしか考えられなかった。 放課後に様子を見に行くらしい康一に、仗助も付き合うことにした。


***


一見すると何事もないように思える露伴の家だが、近づくごとに得体の知れない不安が胸に広がる。何故こんな気分になるのだろう。

「仗助君、すごい汗だよ?」
「……いや、大丈夫だ。きっと」

それは康一に対してのものか、それとも自分に言い聞かせているものなのか分からなくなる。この家の中で、露伴は今どうしているのか。 電話の音にも気付かないほど集中して原稿を描いていた、というような結末であってほしい。勝手な想像だが露伴なら有り得そうだ。
ドアの前に立ち、呼び鈴を押す。しばらく待っても反応はなく、再び押してみても同じだった。誰にも言わずに取材旅行にでも行ったのかと思った時、鍵をかけていなかったのかドアが少し開いた。 中にいるかもしれない露伴に思い切り罵られる覚悟を決め、ドアノブを掴んで手前に引く。その瞬間、信じられないものが視界を覆った。悲鳴を上げる康一の隣で、仗助は目を見開きながら言葉を失う。
濃い紫色の何かが、侵入を拒むように絡み合って壁を作っている。ぬらぬらとした粘液に濡れたその表面に突然、無数の目玉が現れた。強烈なおぞましさに耐えられず、うずくまった仗助は胃の中のものを全て吐き出した。


***


仕事部屋も玄関も風呂場も全て、予想以上に成長して増え続けた触手に覆われた。露伴は数日前からリビングの隅に横たわったまま動けずにいる。自身の呼吸は弱々しく、目の前の光景が頻繁に霞んで曖昧になった。
痩せ細り、枯れ枝のようになった手足。鏡がないので確認できないが、顔も酷い状態になっているだろう。触手と交わっているうちに生気を吸い取られたのか、この身体はもうほとんど骨と皮しか残っていない。 それでも触手は今までと変わらずに露伴の中に入り込み、反応の鈍くなった身体を犯す。命まで食い尽くすつもりらしい。
そんな露伴の脳裏に、仗助の顔が浮かんだ。最後の電話で何を言おうとしていたのか、今では確かめることすらできない。目先の欲望に流されなければ、少しでも仗助を思いやる気持ちを持っていれば、多分こんな状況にはならなかった。
外界から遮断され、自ら作り上げた地獄。衰弱した露伴を待つものはひとつしかない。
仗助には、変わり果てたこの姿を見られたくなかった。しかしあれだけ強く拒絶したのだから、とっくに露伴を忘れているはずだ。
今の自分が仗助のために出来るのは、このまま跡形もなく消え去ること。
いつか普通の可愛い女の子を愛して、幸せな未来を歩んでほしい。それが死の淵に立った露伴の、最後の望みだった。




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2012/5/29