恋の色 何故かスーツを着た承太郎が仗助の席の机に腰掛け、こちらに視線を向けている。 今は放課後の時間帯で他のクラスメートはとっくに下校しており、この教室に居るのは仗助と承太郎のふたりだけだ。 一体何がどうなって、こういう状況になっているのか全然理解できない。仗助は混乱のあまり承太郎から目を逸らして俯く。机の下で両手の指を無意味に絡ませた。 「どうした仗助、早くしろよ。さぼらねえように俺が見ててやるから」 「えっ、何をやればいいんすか」 「それ、全部終わるまで帰さねえからな」 承太郎の言葉と共に、いつの間にか机の上には束になっている数学の問題用紙が積まれていた。この量を全部終わらせるには、夜が明けるまでここで頑張らなくてはいけない。 しかもその間、とんでもなく近い距離で承太郎に見られながら問題を解くことになる。これはある意味苦行だ。 あんたいつからこの学校の教師になったんすか、と質問するような余裕はすでになかった。 冷静に考えてみれば、これは憧れの先生と朝までふたりきりという何かの美味しいプレイだと思うべきなのか。謎のスーツ姿のおかげで、いつもは見えない喉元を晒している 承太郎が新鮮すぎて妙にテンションが上がっていく。 分からないところは手取り足取り、優しく教えてくれるのなら朝まで教室に閉じ込められていてもいいかと開き直る。 「でも、そんなに近くで見られていたら集中できねえっすよ」 「俺が目を離すと、お前はすぐに気を抜いちまうだろうが」 「いやー、だからせめてもう少し離れたところで……」 「お前、俺が近くに居るのは嫌なのか」 突然、強引に指で顎を上げさせられて目がしっかりと合った。いくら何でも、それを言うのは反則だ。こんな状況でなければ、どんなに接近されても大歓迎なのだが。 「嫌じゃ、ないですけど」 「それならいいだろ」 唇が触れそうな危うい距離に動揺して、仗助の両肩がわずかに跳ねる。 まさかこのまま承太郎とキスを……と、煩悩が渦巻いたところで視界が真っ白になった。 目を覚ますと、見慣れたテーブルに伏していた。 広げたままのノートや教科書が視界に入り、仗助は現実の世界に帰ってきた。それにしても妙にリアルな夢だった。承太郎が自分の学校の教師だったら、とても授業 に集中できるわけがない。色々刺激が強すぎて参ってしまう。赤点を取って個人的に呼び出されて密室でふたりきりになってしまったら、健全な精神が崩壊する。 有り得ない妄想に浸っていると、自分の両肩に何かが乗っていることに気付いた。大きなサイズの白いコート。持ち主の顔がすぐに浮かんで、どきっとした。 「起きたのか、仗助」 すぐそばで声がして顔を上げると、承太郎がこちらへ歩いてくるのが見えた。仗助の隣に腰を下ろし、持っていた缶ジュースを差し出してきた。 そういえば自分は、試験に向けて勉強を教えてもらうためにこの部屋を訪れたのだ。しかしいつの間にか寝てしまって、あんなおかしな夢まで見ていた。 礼を言って受け取った缶ジュースのプルタブを開けて、中身に口をつける。承太郎がこれを買う姿が想像できない、甘すぎるメロンソーダだった。 「すみません、すっかり寝ちまって」 「それ飲んだら、今度こそしっかりやれよ。俺が見ててやるから」 その言葉を聞いて仗助は、缶を傾けていた手を止めた。確か先ほどまで見ていた夢でも、同じような台詞を言われた気がする。偶然以外の何物でもないが、意識してしまう。 「そんなに見られていたら俺、集中できねえ……」 「お前がまた居眠りしねえように、見張るだけだ」 「そこまで心配してなくても大丈夫っすから!」 思わず強い口調で言うと、承太郎は驚いた顔をした後で黙り込んだ。一転して気まずい空気になってしまい、後悔した。 「あの、別に承太郎さんのことが鬱陶しいとか、そういう意味じゃなくて」 「別に……気にしてねえよ」 ふ、と軽く息をついて呟く承太郎は、完全に仗助から視線を逸らしている。そんな様子で、気にしていないと言われても素直に納得できるはずがない。 仗助は身を乗り出し、承太郎の両肩を掴んだ。ようやく再び目が合った。 「本当は、俺だけを見ていて欲しいんだよ! でも、それは今やってる勉強とは違う意味で……」 どういう説明をすれば分かってもらえるのか悩みながら、もごもごと口を動かす。頭の中では伝えたい内容のイメージはできているのに、上手く形にならない。 「お前が言いたいことは、何となく分かった」 「いや、でも」 「俺は自惚れても、いいんだな?」 肩を掴んでいる手を、強く握られた。射抜くような視線にやられてしまい、この心の全ては承太郎への想いで一気に染まる。 これがまさに恋なのだと、仗助は引き寄せられるように承太郎と唇を重ねながら思った。 |