共に堕ちるならこの手を引いて





つい先日顔を見て話をしたばかりなのに、ここに来ると現実を思い知らされる。
杉本家之墓、と刻まれた冷たい墓石に触れた後で、持ってきた花を供えた。 今はあの場所に行けば、いつでも会える。しかし時が来れば成仏し、永遠の別れを迎えるのだ。 幼い頃の自分を庇って殺された鈴美。犯人に付けられたあの無残な傷跡は、きっと彼女の心の奥深くにまで届いている。

「俺も一緒に来て良かったのかな」
「僕が誘ったんだし、いいんですよ」
「何つーか俺って、場違いかなって思ったりするわけよ」
「むしろ居てくれたほうが助かります」

他に誰かが居れば、みっともなく泣かずに済むから。露伴はそんな本音は口に出さずに、墓前で手を合わせた。
落ち着かなさそうに軽く頭を掻いているジョセフは、日本の墓地が珍しいのか他の墓石が並ぶ周囲をちらちらと眺めている。連載を休んだ時期にイタリアへ行ってきたが、 確かに外国の墓地の雰囲気は日本のものとは違っていた。
原稿が一段落つき、墓参りに行こうと思い立ったのは平日の昼間だった。誰かを連れていくとすれば、この時間に誘える相手は限られている。 ジョセフを選んだのはそれなりの交流があり、今の自分の中での優先順位が高かったからだ。 鈴美の件は仗助から聞いたらしく、すでに知っていたので1から説明する必要はなかった。
ジョセフはしばらく無言でいたが、やがて空を見上げながら再び口を開いた。

「やっぱり、君には話しちゃおうかな。俺の昔のこと」
「……昔のこと?」

その言葉に好奇心を刺激され、手を合わせていた墓前で立ち上がると隣のジョセフに視線を向けた。
昔、共に戦ってきた親友と口論をして和解する機会もなく死に別れてしまったこと。 心臓に埋め込まれた毒を消すための解毒剤が入ったピアスを、命がけで敵から奪い最期の力を振り絞ってジョセフに届けてくれたこと。 そして最後はジョセフが、親友の仇を取ったこと。 普段の軽い調子のジョセフからは想像できないほどの、壮絶な過去だった。
やはりこの男はただ者ではない。不謹慎ながらも、その79年間の人生をもっと深く知りたいと思った。スタンドで記憶を読むのではなく、その口から語ってほしい。

「全部俺のせいだったから、ずっと後悔してたんだよね。最後にあのピアスが運ばれて来た時、あいつは俺のこと許してくれたのかなって、勝手に思っちまって。 でもそれ以上はなんにも考えられなくてさ」
「ジョースターさん……」
「あ、こんな辛気臭い話してごめんね〜、露伴君」

話ながら昔を思い出したのか、ジョセフはその目に深い悲しみを宿しているように見えた。しかしこちらの視線に気付くと、ごまかすように笑みを作る。
用を済ませたので、途中で会った住職に挨拶をして墓地を出た。すっかり杜王町に溶け込んだ若いジョセフと、気持ち良いほど晴れた青い空の下を並んで歩く。

「実は俺、結構ずるい奴なんだぜ」
「何ですか、急に」
「俺が君にちょっかいかけてるのってさ、あいつになんとなく雰囲気が似てるからかもしれないな」

それを聞いた途端、複雑な気分になった。ジョセフは戦いの中で失った親友と露伴を重ねて見ているのだ。どこが似ているのかは知らないが、心に感じた痛みが気のせいで なければ、自分はジョセフに尊敬以上の気持ちを抱いている。まさかもう、この世には居ない他人の存在に嫉妬する日が来るとは思わなかった。
正直、できれば聞きたくない事実だった。しかしそれを隠されたままで、ある日突然知ってしまうよりは良かったのだろうか。この気持ちが完全に形になる前の今なら。

「言っておきますが僕は、顔も知らない誰かの代わりになるつもりはありませんよ」
「うん、それは分かってる。ずるいっていうか君に失礼なことだってさ。でも露伴君の、ツンツンしてるけど時々熱いところが俺は好きだ」

自分は決して口下手ではないが、ジョセフの最後の一言に衝撃を受けて何も言えなかった。好きという言葉は一般的に色々な意味で使われているので、恋愛感情から出た ものとは限らない。しかも露伴に対してジョセフが好きだと告げたところはそのまま、例の親友にも当てはまっているに違いないのだ。

「……確かにあなたは、ずるい人だと思います」
「だよね〜」
「でも僕は親友の康一君と同じくらい、ジョースターさんを尊敬してるんですよ」

ただ年を取っているだけでは、尊敬の対象にはならない。ジョセフは普通の人間なら縁のない大きな経験を重ねている。不倫という前科を差し引いても、それは揺るがない。 顔を合わせた時に丁寧に挨拶をする気にさせるのは、顔見知りの中でもジョセフだけだ。

「へえ……つまり君にとっての俺は、特別な存在って意味?」
「そうかもしれません。でも僕は、あなたに対する気持ちをまだ整理しきれていない」
「えー何、それってどういうこと?」
「自分が分からなくなる、こんなことは初めてだ」

そう言って露伴は目を伏せた。余計なことを口走ってしまったかもしれない。ただ尊敬しているとだけ言っておけば良かったものを、自ら話をややこしくしている。 本人を目の前にして、他にも隠している気持ちがあると告げたようなものだ。
歩みを止めたジョセフが、露伴の顔を覗き込んできた。視線を合わせるのが気まずい。

「……ねーえ、露伴君も人のこと言えないほどずるいよね。自分で気付いてる?」
「え?」
「何だか、やけに思わせぶりだってこと」

期待しちゃうよん、と言ってジョセフは目を細めた。この男がそんな表情をする時は大抵、何かを企んでいる。付き合い自体は決して長くないが、それはすでに学んでいた。
それほど思わせぶりな発言をしたつもりはなかった。抱えている葛藤をつい口に出してしまい、正直になりすぎた自覚はあるが。

「ジョースターさんはどうして僕に、昔の話をする気になったんですか」
「何となく、って言っても君は納得しねえか。多分俺のことをもっと知ってほしかったんだろうな……でも露伴君なら、スタンドで俺の記憶を読めば全部分かるだろうけど」

露伴のスタンドは、相手の意思は関係なしにその記憶を暴くことができる。過去から現在のことまで全て。
しかしジョセフは自らの意思で、過去の出来事を話した。露伴よりも繋がりが濃いはずの承太郎や仗助は知っているだろうか、ジョセフが親友を失った時の悲しみ、そして 永遠に埋めることのできない後悔を。それらは誰にでも軽々しく教えている内容とは思えなかった。
思わせぶりなのも、期待をさせているのも、明らかにジョセフのほうだと思う。しかもここまでしておいて実際は妻子ある身なのだから、かなり厄介だ。
やがてジョセフが泊まっているホテルが見えてきた。ここで別れるのか、と現実に引き戻されたが、今日はこのまま家に帰ったほうがいいかもしれない。自分らしくもなく、 手の内を全て見せてしまいそうになっていた。ジョセフは人の心を読む才能があるので油断できない。

「帰るの?」
「ホテル、すぐそこじゃないですか。僕は帰ります」
「一緒に来ない?」

ジョセフに手を握られ、驚いて肩が小さく跳ねた。突然とんでもないことを言われてしまい、何も答えられずに立ちつくす。今の精神状態ではついて行けるはずがない。
ずっと離そうとしない、大きく厚い手の感覚が肌に生々しく伝わってくる。視線を合わせるのが恐ろしく、未だに顔を上げられないままだ。

「もしかして、変なことされるとか思って心配してんの?」
「違います」
「さっきまでみたいに、普通にお話するだけよーん」

本当ですか、と聞くのも失礼な気がする。本人が話をするだけだと言っているのだから、ここは素直に誘いに乗っておくべきだろうか。
今日の出来事でもう、自分はジョセフを意識しているのだとはっきり自覚した。それに加えて、俺をもっと知ってほしいという言葉がまるで告白のように感じてしまい、 平静を装っていた心がどうしようもないほど乱れ始めている。
話をして終わるのならそれでもいいが、もしそれだけでは済まない展開になればきっと、自分はジョセフを拒まない。吉良の件が解決してジョセフがアメリカに 帰るまでの関係なのだと、常に心の均衡を保てるように割り切らないと危険だ。

「行きましょうか」
「いいの……?」
「誘ったのはジョースターさんじゃないですか」

ジョセフは露伴の言葉に笑みを浮かべると、握っていた手を指を絡める繋ぎ方に変えて歩き出した。まるで恋人同士のようだと、隣を歩きながらぼんやりと思った。




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2009/12/31