後列端のセンター (承太郎さん……どうしてこのステージの、そんな位置に) 昼間の野外ステージ、客席の隅に立つ露伴は思いもよらぬ光景に呆然としていた。 ファンの間でもまだ知名度の低い、どこか垢抜けない青年達が出演するイベント。そのステージの後列、しかも最も目立たない1番端で踊っているのは間違いなく、露伴が日頃から蹴落としたいと思い続けてきた不動のセンター、空条承太郎だった。 露伴が所属するグループは現在、約40人近くのメンバーで構成されている。しかしテレビや雑誌などのメディアに取り上げられるのはその半数にも満たない、人気上位の者達だけだ。承太郎は結成当時からの中心メンバーであり、人気や存在感は他を寄せ付けないほどの、グループの絶対的な象徴でもある。 そんな彼が今立っているのはグループの中では知名度の低い、いわゆる「2軍」メンバーのみが出演する野外ライブの小規模なステージだった。衣装も普段着ている凝ったものではなく、周囲のメンバーと同じTシャツにジーンズのみ。 何かの罰を受けているのではないかと思うほどの扱いに、露伴は驚きを隠せない。他の客も、承太郎の立ち位置やそもそも彼が何故2軍メンバーに混じって歌っているのかと、歓声の陰であちこちからどよめきが起こっていた。 『出演予定だったメンバーのひとりが、怪我で急に出られなくなってしまって。代役も立てられなくて困っていたら、リハーサルを見に来ていた承太郎さんが代わりに出るって……』 イベント終了後、スタッフから聞いた話を思い返しながら露伴は走った。すでに着替えを終えて会場を出たという承太郎を追い、駐車場へと向かう。 「承太郎さん!」 運転席に乗り込もうとしている大きな背中へと、その名前を呼ぶ。振り返りこちらを見た彼は、それほど動じた様子もなく露伴がたどり着くのを待っている。 「あんたも来ていたのか」 「来ていたのか、じゃあないですよ! まったく……まさかあのステージに、あなたが出てくるなんて思いませんでしたよ。しかも後列端だなんて」 「怪我をした奴があのポジションだった、アンダーのおれがそこに立つのは当然だろう」 「アンダー、ってね……三十路近くのでかい男が若い新人の位置で踊るなんて、違和感しかないですよ。自分では分からないかもしれませんけど、すごく浮いてましたからね」 あなたはグループの頂点なんだから、と露伴は心の中で付け加えた。 「ステージの上でおれは、人の背中を見て踊ったことがなかった」 その言葉に覚えがある気がして、露伴は顔を上げて改めて承太郎と視線を合わせた。いつか露伴が承太郎に苛立ちながら発したものだ。 常に最前列にいるあなたに、人の背中を見ながら踊るぼくの気持ちは分からない。 いくら気合いの入ったパフォーマンスをしても、大柄な承太郎に隠されて全てを客に見てもらうことができないのが悔しかった。彼の実力や人気は認めるが、ダンスの繊細さは絶対にこちらのほうが優れている。承太郎のダンスは振りのミスはなくても勢いが前面に出ていて、少し荒っぽいのだ。 「今回はあんたの気持ちを理解する、ちょうど良い機会だと思った。だが他にも気付いたことがある」 「……何ですか?」 「おれは誰かの後ろで踊るのは、別に屈辱でも何でもないぜ。あんたと違ってな」 平然と言った後、承太郎は車に乗り込むと露伴を置いて駐車場を去って行った。 セットリストの最後まで承太郎はソロパートもなく、ひたすら日陰の位置で踊り続けていた。 しかしまだ成長過程の途中にいる大勢の若いメンバー達の中で、異質なオーラを漂わせた承太郎はどこにいても埋もれずに目立っていた。センターではなくても、安い質素な服を着ていても。 取り残された露伴は遠ざかっていく承太郎の車を、視界から消えるまで睨み続ける。 センターとしての器の大きさでも劣っていたことを思い知らされた。自分には、あの男を蹴落として最前列の位置を奪う日は来るのだろうか。 |