口移しのチョコレート バレンタインといえば女から男にチョコレートを渡すのが定番となっているが、このホストクラブStarlightはその「定番」を覆すイベントが行われている。1年に1度の2月14日、女性客は指名したホストから直接チョコレートが貰えるのだ。当然ながら手作りではない市販のシンプルなものだが、このイベントは毎年大好評で普段より売り上げも段違いに伸びる。 客が一向に途切れる気配のない賑やかな店内は、酒や煙草と共に甘いチョコレートの香りも混じり、このイベントのために改装された華やかな内装も更にバレンタインの雰囲気を盛り上げていた。 「この店のサービス精神には毎度のことながら感心するよ……」 カウンター席でカクテルに口をつけた露伴が、女性客の嬌声で満たされた店内を眺めながら呟く。今日だけはいつもの接客に加えて、ホスト達は自分を指名してくれた客にチョコレートまで渡さなくてはならないのだ。 ようやく仕事に慣れてきたらしい康一は、店を訪れるたびに欠かさず高級シャンパンを入れてくれる太客の由花子から、早速チョコレートをねだられていた。仕事なのでどうしても避けられないのだが、やがて康一が他の女性客にチョコレートを渡す様子を、離れた場所から由花子がものすごい形相で睨んでいるのが恐ろしい。 人気ナンバー1ホストの承太郎はこういうイベントに対して気が進まないようだったが、何だかんだ言って仕事をしっかりこなしている。仗助のいる席は常連の年上女が、貰ったチョコレートで気を良くしたのか追加でフルーツの盛り合わせを頼んでいた。やはり今日は、客の財布の紐もかなり緩くなるらしい。 そんな時、正方形の薄い箱に入ったチョコレートが目の前に置かれて驚いた。確かこれはホスト達が、自分を指名した女性客に渡しているものだ。顔を上げるとバーテンダーのポルナレフが、「あちらからです」と、おどけた感じで告げながら露伴の背後を示した。 「露伴くーん、おれだよ、おれ!」 「うわっ!」 急に抱き締められて声を上げてしまった。仗助とナンバー2の座を争う人気ホスト、ジョセフだ。仗助と顔は似ているが性格は全く違い、陽気で人懐っこくてノリが軽い。スキンシップも激しく正直かなり馴れ馴れしいが、露伴が手がけた内装を毎回褒めてくれるので結局うまく丸めこまれている状態だ。 「あれっ、おれを指名してくれた気がしたんだけど」 「してない! 大体、ぼくは客じゃない!」 「まあいいや、さっきまで相手してた女の子が帰ったから、今はフリーなわけで……」 ジョセフは勝手に露伴の隣に座ると、先ほどのチョコレートの箱を開けて中身を取り出す。そしてそれを割ったものを唇に挟み、こちらに顔を寄せてきた。 「……それは、一体何の真似だよ」 そう言ったものの、口移しでそれを露伴に食べさせようとしているのは明らかだった。簡単にジョセフのペースには乗りたくなかったので、わざと気付かない振りをしたのだ。 「出たよ、ジョセフハラスメントが」 初めて聞いた名称を使って冷やかすポルナレフは、ホストの暴走を止めるつもりはないらしく、何事もなかった様子で他の客のための酒を準備し始めた。その調子からすると、ジョセフはこういう行為をよくやっているというわけだ。本当に軽い男だと思う。 しかし露伴自身も酒が入っているせいか、ちょっとくらいなら良いかという結論に落ち着いた。誰にでもやっているのなら、特に深い意味はないのだろう。 わざとなのかチョコレートは小さく割られているため、うっかりすると唇が触れ合う。慎重に顔を近づけた途端、突然ジョセフは何者かに後ろに引っ張られて遠ざかった。その勢いで、唇に挟まっていたチョコレートがどこかへ落ちてしまった。 「あんたにご指名来てるぜ、ナンバー3さんよぉ〜〜〜」 まさに養豚場の豚を見るような目でジョセフを見下ろしているのは、現在の人気ナンバー2の位置にいる仗助だった。 承太郎のナンバー1は不動だが、このふたりはよく順位が入れ替わる。 「なーんでお前が迎えにくるわけ〜?」 「いつまでもダラダラ遊んでるからだろ、ドスケベ野郎!」 「はいはい……露伴くん、まったね〜!」 ジョセフはこちらに投げキッスを飛ばして去っていき、入れ替わりに仗助がここに残った。 仗助は露伴の仕事に関心がない。内装なんかどうでもいいと言っているのを聞いて以来、露伴は仗助を嫌っていた。 「ったくよぉ、あんなのに流されやがって」 「ぼくが誰とキスしようが、お前には関係のないことだ」 唇を重ねるつもりはなかったが、顔を見るたびに腹が立つ相手なのでそう言ってやると、仗助はかなり動揺したのか目を見開き、言葉を失っている。 最近は色恋沙汰とは無縁のまま、仕事にのめりこんでいた。久し振りに誰かと激しい恋がしたい。渇いた心を潤すように、露伴は再びカクテルを味わった。 |