思い出だけの





かすかに虹色に光る透明な球体が、露伴の呼吸に合わせて作り出されていく。
自慢の広い庭にある椅子に腰掛けながら、ぼんやりとそれを眺める。両手にはそれぞれ黄緑色の容器に入ったシャボン液と、鉛筆くらいの細さのプラスチック製の筒。 20歳にもなった男が、何故このようなことをしなければいならないのだろう。
例の小道に行ってみると、どこで手に入れたのか鈴美がこれを持っていた。昔これでよく露伴ちゃんと一緒に遊んだわよね、と笑顔で言われたが全く思い出せなかった。 少し話をした後で帰ろうとすると、未使用のシャボン玉セット一式を手渡された。いらないと言って断ったが結局押し切られ、受け取って帰ってきてしまった。
使わずに捨てることもできた。しかしその瞬間、鈴美の顔が浮かんできて阻まれた。次に顔を合わせた時に感想を聞かれたら厄介だと自分に言い聞かせながら、容器の蓋を 開けた。
鈴美の中に存在する露伴は、未だに幼い子供のままで動かないようだ。そうでなければ、すでに成人している男にシャボン玉セットなど手渡すはずがない。
それにしても、こんなところを誰かに見られてしまったら最悪だと思った。こんな平日の昼間に訪ねてくる人間は限られているが。
そんな時、庭に誰かが足を踏み入れてきたような気がした。慌てて筒から唇を離すと、気配のするほうに視線を向ける。 こちらに近付いて来るのは、筋肉質で大柄な男だった。整った顔を緩めながら手を軽く振ってきた。警戒心は一気に薄れ、露伴はため息をついた。

「何度かチャイム鳴らしたんだけど、誰も出なくてさ。こっちに来てみた」
「どうしたんですか、今日は」
「たまにはじじいの姿で過ごそうかと思ってたんだけど、急に君に会いたくなってさあ」

突然現れたジョセフは笑顔のまま、テーブルの向かい側に置いてあるもうひとつの椅子に座った。そこには以前、あまりにも歳が離れすぎたジョセフの息子も座り、 露伴にイカサマ賭博を仕掛けてきた。思い出すだけで屈辱的な気分になる。

「ところで露伴君、ここで何してんの」
「見れば分かるじゃないですか、シャボン玉遊びですよ」

平然と言いきったものの、色々と突っ込みを受ける覚悟はできていた。
ふ、と息を細く吐き出すと、筒の中からいくつかのシャボン玉が生み出された。大きさはばらばらだが、それらは浮かび上がっては消えていく。 どこか儚いものだと思った。
それを眺めていると、ジョセフが何も言わずに立ち上がり、露伴を抱き締めてきた。

「ジョースターさん?」
「露伴くん……俺、ちょっとおかしくなりそうなんだ」

その言葉の後で、露伴を抱き締めるジョセフの腕の力がますます強くなってきた。手から筒が落ちてしまいそうになる。 痛いです、と言いかけたが、ジョセフの肩がかすかに震えているのを見て、何も言えなくなってしまった。泣いているのかもしれない。

「ジョースターさん、もしかしてあの人のこと思い出してるんですか」
「えっ……はは、ばれちゃったあ?」
「そうだろうと思っていました」
「ごめんね、怒った?」

苦笑するジョセフを、露伴は何も言わずに腕を伸ばして抱き返した。
あの人というのはジョセフが遠い昔に失った親友のことで、60年以上経った今でもその存在はジョセフの中に生き続けている。それを承知で付き合っているので、今更 文句を言う気はなかった。嫉妬で胸が痛くなることはあっても。
後から聞いた話では、その親友はシャボン玉を媒介として攻撃する波紋使いだったらしい。彼と露伴を重ねて見ているジョセフにとっては、記憶を強く揺さぶられたのかも しれない。
ジョセフに対してはそうでもないが、特に仗助と接している時のきつい口調や雰囲気が似ていると言われた。かなり複雑な気分だ。
しばらく抱き合った後、露伴から身体を離したジョセフは笑みを浮かべていた。しかしそれは、何かを堪えながら無理にそれを隠しているようにも見える。

「俺もそれ、やってもいい?」

そう言うジョセフにシャボン液と筒を手渡す。今度はジョセフによって作られたいくつかのシャボン玉が、空へ向かって舞い上がる。余計に辛くなるだけだと思うが、 彼にとってそれが意味のあることなら、止める理由はなかった。割れて消える瞬間に、どこか悲しそうな表情になっていても。
ジョセフにとっては思い出だけの軽い存在ではない親友が、少しだけ憎いと思った。ジョセフの胸に、おそらく永遠に消えないものを残していったのだから。




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2010/1/16