Starlight 男女の浮かれた会話、上がる陽気な歓声。酒や煙草、むせかえるような香水の匂い。 一等地に店を構える有名ホストクラブ、Starlight。男の自分が訪れるような場所ではないが、自身が手掛けた内装が実際に機能している様子を確認しに来たのだ。 天才建築家、岸辺露伴。どこの誰とは言わないが、ある依頼主からの無茶な要求に屈することはプライドが許さない。 隅の席をひとりで陣取る露伴の隣にやってきたのは、大柄なスーツ姿の男。相変わらず、そこにいるだけで目立つ整った顔立ちと圧倒的な存在感。さすがStarlightが誇る不動のナンバー1ホストだ。 「先生、あの話は考えてくれたか」 「何の話でしたっけ」 「おれ達の寮に住めばいい」 「……あのですね、何度も言いますがぼくはホストに転職する気はないので」 「ああ、確かにあんたには向いてねえかもな」 この男は時々、あっさりと無神経な発言をする。指名客には思わせぶりな台詞を吐いて喜ばせているくせに。心に生まれた苛立ちは、彼が持つ不思議な色気を至近距離で感じた瞬間に消し飛んでしまう。嫌になるほど、毎回この繰り返しだ。 もしかすると彼に心が傾きかけているのだろうか、いやそんなはずはない。認めない。 「ところで承太郎さん、ナンバー1が客でもない男相手に油売ってていいんですか」 「たまには気分転換も必要だろうが。この商売、楽しいことばかりじゃないんでね」 「そんな台詞、店内で言っちゃいますか……」 どこで、誰が聞いているか分からないのに。露伴がため息をついた直後、店の中心が騒がしくなる。承太郎には及ばないが、人気ホストである仗助の太客が高級シャンパンを入れたのだ。派手な音楽と共に店内のホストが一斉に集合して、シャンパンコールが始まった。 盛り上げ役のジョセフを中心に、ホスト達が歌やダンスで客への感謝を表現して、更に店内を活気づける。シャンパンを入れてくれた客を姫様と呼ぶのが、何度聞いても面白い。 「行かないんですか」 「あれだけ盛り上がってんだ、おれひとり行かなくても充分だ」 そう言って承太郎は、他人事のようにシャンパンコールを眺めながら煙草を吸い始めた。 あっという間にあの場で主役になった客の女は、ホスト達に囲まれて恍惚とした表情を浮かべている。この一時の快楽のために、いくらの金をつぎ込んだのだろう。 ホストという人種は、女に寄生して金を吸い取ることしか考えていないゴミクズ以下の存在。数ヶ月前までの露伴は、そう考えていた。 幼馴染の鈴美が、街でどこかのホストに強引に店へ連れ込まれそうになった。逃れようとして抵抗した鈴美は足や腕に怪我を負い、原因となったホストはそれを見て逃げて行ったらしい。 露伴がこの世に存在する、全てのホストを憎むようになったのはそれがきっかけだった。 ある日、露伴の事務所に依頼の電話がかかってきた。ジョナサン・ジョースターと名乗るホストクラブのオーナーからで、ホストという単語を耳にした瞬間に眉根を寄せた露伴は、ろくに話も聞かずに電話を切ろうとした。 『君は優秀な建築家だと聞いてるんだけど、もしかして自信ないのかな』 受話器から聞こえてきた、露伴への挑発とも取れるその一言で火が点いた。翌日、直接ジョナサンと会って話を聞くために店を訪れたのが、全ての始まりだった。そこで出会ったホスト達は皆個性的で、人間味がある。オーナーであるジョナサンがイベントのたびに改装を依頼してくるので、店で働くホスト達と関わる機会も増えた。 そしていつの間にか、ホストに対する歪んだ偏見は薄れていった。接客モードではない彼らの絡みは微笑ましいのだ。 煙草を灰皿に押し付けた承太郎が、テーブルに置いていた紙を発見して苦い顔をする。 「おい、まさかそれは」 「あなたのとこのオーナーから渡されたんです、来月イベントがあるのでこのイメージで改装してほしいと」 「またやるのか……」 ホストに対する嫌悪をだいぶ感じなくなった今、断る理由はない。しかも報酬はかなり魅力的で、仕事の内容的にもやりがいがある。無理難題の後でジョナサンから『やっぱり無理?』だの『できない?』などと挑発されると、何がなんでもやってやるという気にさせてくれる。 来月はホストのシーザーが誕生日を迎えるので、彼のバースデーイベントが行われるのだ。 「だが、嫌いじゃないぜ。あんたの作る空間も、あんた自身もな」 最後におかしな告白をされたような気がした。多分聞き間違いだ。 承太郎のそばに小柄な少年、のように見えるひとりのホスト近づいてきた。初々しい新人の康一だ。先週入ったばかりだが、すでに多額の金を使ってくれる太客がいる。 露伴は個人的に彼を気に入っているものの、例の太客が独占欲の強い恐ろしい女なので迂闊に手出しできない。特に店内では要注意だ。 接し方に慣れていないのか少し緊張した面持ちで、康一が承太郎に顔を寄せて囁く。 「承太郎さん、そろそろ席に戻ったほうが……」 「分かった、今行く」 わざわざ客を待たせて露伴の元に来たのか。やはりとんでもない男だ。そっけなく去っていく承太郎の後ろ姿を、いつまでも眺めてしまっている自分に気付いて嫌になった。 用は済ませたのでそろそろ事務所に戻ることにした。テーブルの上を片付けて、ジョナサンから受け取った資料を鞄にしまい込む。席を立って店を出ようとすると、バーテンダーのポルナレフに呼び止められる。 「これ、承太郎から先生にだってよ」 何故かにやにやしながら、ポルナレフがカウンターに酒の入ったグラスを置いた。 細身のグラスに注がれているカクテルは、まるで承太郎の瞳を思わせるような美しい色をしていた。 |