tasting 「億泰サンは巨乳派なんデスか?」 背後から聞こえてきた衝撃的な問いかけに、億泰は慌てて振り返る。そして視線の先では、確かベッドの下に隠しておいたはずの成人向け雑誌を、トニオが平然とした表情で ぱらぱらとめくっていた。巻頭に過激なポーズのグラビアが多数載っているそれを。 「なっ、ななな何勝手に読んでんだよ!」 青ざめた顔でトニオの手から雑誌を奪おうとしたが、あっさりとかわされてしまう。勢いが止まらずに、億泰はトニオの上に重なるように倒れ込んだ。まるで自分から迫った かのような体勢になってしまい、我に返ると頬が熱くなっていた。 あなたが好きデス、と先日トニオに告げられた時は夢でも見ているのではないかと思った。以前から気になってはいたものの、まだ学生の自分は大人のトニオにはそういう 対象としては見られていないかもしれないと、諦めていた。たぶん一生、店の客や友人以上の存在にはなれないのだと。 しかしトニオからの告白という、予想もしていなかった展開で状況は変わった。驚きながらもそれを受け入れてからは、今まで食卓や台所にしか足を踏み入れなかった トニオを、こうして自分の部屋に招き入れるまでの関係になった。とはいえまだ、いかがわしい行為は何もしていない。こちらが子供なので気を遣っているのだろうかと 思いながらも、くすぐったいようなほのぼのとした雰囲気も悪くなかった。 「恥ずかしがることはありまセンよ、億泰サンの年頃ならこういうものに興味があって当然デスから」 「改めてそう言われると微妙な気分だぜ……」 身体を起こして離れようとした億泰の頭を、トニオは微笑みながら優しく撫でてきた。これからはこの手に甘えても許されるのかと、どこかに向かって問いかける。 その直後に突然、この状態はもしかするとまずいのではという考えが浮かんだ。あまりにも雰囲気が良すぎる。部屋でふたりきりの時点で条件が整ったようなものだ。 トニオと深い関係になるのが嫌というわけではなく、そういう流れには慣れていないので多分、頭が混乱する。早い話そんな格好悪い姿を見られたくない。 年齢が離れているうえに、その手の経験も比較にならないと分かっている。こちらは友人ののろけ話を聞くたびに羨ましくて悔しくて涙ぐむほど、恋愛に対しては全くの素人なのだ から。 様々な考えが頭を巡り硬い表情を隠しきれずにいると、トニオが苦笑した。 「もしかしてワタシを警戒していマスか?」 「え、いや別に、そんなことねえよ」 「このシチュエーションは美味しいデスけど、強引に奪うようなことはしまセンよ」 その言葉はまるで、何もかも見透かされているようだった。そして自分の愚かさに気付かされる。トニオは予想以上に、億泰を大切に思ってくれていた。しかしそんな気持ち を疑うようなことを考えてしまった。今すぐトニオに謝りたくなったが、変な想像をしてごめんと言うわけにはいかずに口を閉ざす。 「とは言え、このままではワタシも限界が」 真顔になったトニオの言葉の続きを聞かず、億泰は顔を近付けてその唇を塞いだ。自分でも信じられなかったが、こうしたい衝動が胸の奥から生まれてきた。唇が重なる直前 に目を閉じてしまったので、トニオが今どんな顔をしているかは見えない。不安と緊張に満たされた、震えながらの不慣れなくちづけ。どう思われただろうか。自分勝手すぎ て、呆れられたかもしれない。 「意外に積極的なんデスね、億泰サン」 「俺もびっくりだ」 「味見だけじゃ済まなくなりマスよ?」 「……構わねえよ」 覆い被さっている体勢からトニオを見つめながら、控えめな調子で呟いた。すると下から伸ばされた両腕に、強い力で抱き締められた。 「できる限り我慢しようと思っていマシタが、どうやら無理みたいデス」 ふたりきりの部屋で、再び唇を重ねた。一方的ではなく、お互いに引き寄せられるように。 もう戻れない、踏み込んだ関係とは一体どんな味がするのかと、億泰は次第に濃密になる空気に包まれながらぼんやりと考えた。 |