Time with you すっかり見慣れたはずのこの部屋が、今では全く別の場所に思えた。 無造作に置かれていた私物は、いつでも運び出せる荷物としてまとめられている。 全ては終わったのだ。この町に潜んでいた殺人犯を倒し、平和が訪れた。 もうここに居続ける必要はないと、その言葉を電話越しに聞いた仗助は震えた。まるで自分のことまで見離されたような気分に なった。居ても立ってもいられず、家を飛び出しホテルに向かった。声だけではなく、顔を見たかった。 一体どんな表情で別れを告げてくるのだろう、誰よりも強い力を持つあの人が。 例え傷付くことになっても、全てを知りたかった。この目で見て、この手で触れて、きれいごとではない生々しい気持ちを。 半端な優しさなどいらない。 「明日の朝にはもう、ここにはいないんすね……承太郎さん」 こちらに向けられている、広い背中に言葉をかけた。最後の荷物をまとめている承太郎は、振り向くことなく『ああ』と答えた。 「それにしても、ずいぶん急な話で……」 「あまりのんびりも、してられねえからな」 「また、こっちに来てくださいよ」 高校生の自分がアメリカへ行くのは、かなり難しい話だ。会いたい時に会えない距離が、とても苦しい。こんな気持ちは、今まで感じたことがなかった。 苦しいのは自分だけで、承太郎は何事もなかったかのようにアメリカで以前の生活に戻るのか。 この部屋で、この町で一緒に過ごした時間は、どれほどの重さ、どんな形で承太郎の胸に残るのだろう。嫌われてはいなかったはずだ、好かれていたと思いたい。 「お前には悪いが、約束はできねえな。それに、俺自身にも何が起こるか分からねえ」 「それって、どういう」 続けようとしていた言葉の残りを、仗助は飲み込んだ。それ以上は考えたくもなく、承太郎の口から聞きたくもなかった。 仗助は違う方向に話を持っていきたかったが、うまく頭が働かないまま承太郎に触れられる距離まで歩み寄ると、その背中に手を伸ばしてしがみつく。 「このまま、振り向かないでください」 仗助の唐突な行動に驚いたらしい承太郎に強い口調で訴え、しがみついている両手に力を込めた。広い背中が、その瞬間初めてびくっと震えて反応した。 「先のことなんて、誰にも分かんねえっすよ。人間ってのは、だからこそ前に踏み出していけるんだって……俺は、そう思います」 「……じょう、すけ」 「俺、待ってますから。承太郎さんにまた会えるのを。今度この町に来た時は、1番先に俺に会いに来てくださいね」 「ああ……そうだな」 顔は見えないが、先ほどよりも承太郎の口調が穏やかになっているのを感じて、仗助は嬉しくなった。 あなたと過ごした時間が、本当に好きでした。 いつか想いを告げる時が来て、それを受け入れてもらえるのなら。 あなたの全てを、俺にください。 |