サプライズ 『億泰サン、来週のクリスマスは何か予定入っていマスか?』 夕飯を終えた後にかかってきた電話で、億泰はトニオにそう問われた。 忘れていたわけではないが、12月は誰もかれもが浮かれる華やかなイベントがある。特にカップルの姿が町中に溢れる日だ。その光景は普段よりも目に付く気がして、億泰は 毎年のように羨ましさと寂しさで涙目になる。しかも同じ思いを翌年の2月にも味わうのだ。自分の中の何かが、ごっそりと削り取られていく日でもあった。 「特に何もねえけど」 『実はワタシの店で、常連のお客様限定のパーティーを開く予定なんデスが、億泰サンにも是非来ていただきたくてお誘いしマシタ』 「常連限定のパーティーか……」 ずいぶん粋なことをするんだなと思った。食事をする目的以外にも、トニオに会いたくて店に通い詰めている億泰は、自分以外にもよく店内で見かける客を何人か知っている。 きっとそういう客がたくさん集まって食事を楽しむのだろう。今までは家族とのクリスマスしか知らなかったので、新鮮で面白そうだ。 「でも俺さ、パーティーに着ていくような立派な服なんか持ってねえぜ」 『そんなに気取らなくても大丈夫、身内だけのホームパーティーみたいなものデスから』 「ホーム……うーん、まあいいか」 馴染みのない言葉に億泰は首をひねったが、とりあえず普段通りの服でもいいということは分かった。あまり堅苦しいのは苦手なので、気楽に参加できるのなら有り難い。 もちろん断る理由はなかった。招待してくれたトニオには必ず行く約束をして電話を切った。 もうすぐ夜の7時を迎える頃、億泰はトニオの店の前に居た。 今日のパーティーは、いつもより少し早めに店を閉めて行うと聞いた。こういうイベントには参加したことのない億泰は、少し緊張している。参加する他の客は、結構気合い の入った服を着ているかもしれない。自分はと言うと散々迷った結果、結局は制服に落ち着いてしまった。手持ちの服の中では、これが一番きちんとしていたからだ。 普段通りの服で構わないと言われたものの、部屋でだらだらしている時のものを着ていくわけにはいかない。頭が悪いとよく言われるが、いくら何でもそれくらいの常識はある。 しかしここまで来てあれこれ悩んでいても仕方がない。覚悟を決めてドアを開けた途端に驚いた。中は真っ暗で、何も見えない。日時は確かに約束した通りで、忘れないように メモにも書いておいたのだから間違いない。 「トニオー、来たぜ」 ドアを閉め、店の奥に向かって呼びかける。念のために再び声をかけようとすると、突然店内が明るくなった。真ん中にある丸いテーブルには果物がたくさん乗ったケーキや 大きな鶏の丸焼き、そしてピザなどの美味そうな料理が、これでもかというほど並べられている。 気になったのは、それらと一緒に置いてあるグラスなどの食器が明らかにふたり分しかないということだ。 「いらっしゃいマセ、億泰サン」 声が上がった方向を見ると、そこには笑顔のトニオが立っていた。しかもいつものシェフの格好ではなく、珍しいスーツ姿だ。きっちりとネクタイも締めている。 背が高く体格の良いトニオには、文句のつけどころがないほど似合っているが、今考えるべき点はそこではなかった。 「え、えっと……ちょっと待てよ」 「どうかしマシタか?」 「俺、今日は常連客限定のパーティーだって聞いて来たんだぜ」 「ワタシ、嘘はついてマセンよ」 さあ座ってクダサイ、と背中を押されながら億泰はいまいち納得できないまま、料理が並ぶテーブルのそばに座った。トニオはその横で、億泰の前にあるグラスに瓶の中の 液体を注ぎ始めた。アルコールの匂いはしないので、ジュースか何かだろう。 「日頃の感謝も兼ねて、一番の常連である億泰サンを招待させていただきマシタ」 その一言でようやく状況を把握できたが、今度は逆に申し訳なくなってきた。億泰ひとりを招待するために、こんなにたくさんの料理を準備して待っていてくれたトニオに。 億泰はここまで持ってきた紙袋の存在を思い出し、中から取り出した箱をトニオに手渡した。 「これ、あんたに渡そうと思って」 「億泰サンがワタシに……嬉しいデス」 箱を受け取ったトニオは早速、テーブルの上で箱の包装を剥がして蓋を開ける。シンプルな白いティーカップと受け皿のセットだ。相手は大人なので何を贈ればいいのか 悩んだが、前に一緒に行ったカフェで上品に紅茶を飲んでいるトニオの姿が印象に残っていたので、これを選んでみた。 「あんまり高いもんじゃねえけど、良かったら使ってくれよ」 「値段なんて関係ありマセン、これからはこのティーカップで紅茶を飲みマス」 トニオは本当に嬉しそうに、億泰のプレゼントを受け取ってくれた。嬉しいやら照れくさいやらで、目を合わせられない。 「ワタシもプレゼントを用意してあるんデスよ」 「えっ、俺に!?」 「まずは料理を食べてからのお楽しみデス、冷めてしまいマスからね」 一緒に食べまショウ、と言われて億泰は料理のほうに向き直った。腹を空かせて来たおかげでたくさん食べられそうだ。用意してくれたプレゼントの正体が気になり ながらもテーブルの向かい側に座ったトニオと、ほのかに桃の香りがする飲み物が注がれたグラスを合わせた。 |