震える館 ドアを開けようとした途端に、突然現れた仗助に手を掴まれた。 「こんな夜中に、じじいに何の用だよ」 「お前には関係ない、ガキは寝る時間だろう」 本来ならこんな口のきき方は許されない相手だが、仗助本人が望んだことだった。 「俺には言えない用なのか? それにあんた、石鹸の匂いがする。わざわざ風呂に入ってきて……まさか」 「変な想像をするな」 たぶん、仗助の想像は当たっている。それでも自分はこの部屋に入って、主人の命令通りに動かなければならない。多額の借金を抱えた露伴を救ってくれた恩人でもあるからだ。 奇病に侵された老人に仕え、その給金で借金を返していく。露伴がこの館に来た目的がそれだった。人の世話などまともにしたことはないが、不幸が重なり仕事や家まで失っていた自分には迷っている余裕はなかった。 成人して間もないこの年齢にしては、ハードすぎる境遇だと思う。 主人は79歳の老人だと聞いていたが、出てきたのは20歳前後の若い男。後から話を聞いて、それまで詳しく知らなかった奇病の正体が分かった。身体と精神が、60年以上も巻き戻ってしまっているのだ。 主人の名前はジョセフ・ジョースター。それまでの記憶は残っているらしいが、今までとは人格がすっかり変わってしまったため、一緒に暮らしている彼の息子は毎日翻弄されていた。 露伴はジョセフに気に入られたようで、食事の支度や掃除などの合間に話し相手になっているうちに、口説かれる時もあった。 とはいえジョセフは強引に襲ってくることはなく、『露伴君って俺好みの子だなあ』とか『君の話もっと聞かせてよ』と、人懐っこい笑顔と軽い口調で言われていただけだ。 姿は若いが人生経験の豊富なジョセフの話は興味深く、露伴のプライドを傷つけることもしないので、彼と過ごすのは心地良かった。 なので今日、部屋に呼ばれた時も悪い気はしなかった。夜になったら俺の部屋においで、と囁かれた露伴は拒まずに命令を受け入れた。これで今後も全てが上手くいく。 しかし予想もしていなかった、まさかここに仗助が現れるとは。愛想の良いジョセフとは正反対の、生意気で憎たらしい年下の少年。 仗助との関係は、決して穏やかなものではない。特にジョセフと露伴が一緒にいるところを見ると途端に不機嫌になり、食事の時間も部屋から出てこないこともあった。 日が経つにつれてジョセフと仗助、それぞれに対する態度の差は自分でも分かるほど開いていった。使用人としては失格かもしれないが。 「手、いい加減に離してくれないか」 「……このまま部屋に帰ってくれるなら」 「それはできない、あの方の命令だからな」 露伴が何の淀みもなく言うと、仗助は俯いた。泣きそうな顔に見えるのは、気のせいだろうか。やがて露伴の手を解放して、目を合わせないまま引き返していった。 何故あいつが、あんな顔をする? 気になったが、もう確かめることはできない。その必要はないのだ。露伴は呼吸を整えてから、ようやくジョセフの部屋のドアを開けた。 壁に背を預けて立っている大柄な青年が、腕を組んでこちらを見ている。 「遅かったじゃないの」 「……申し訳ありません」 「実は全部聞こえてたんだよね、君と仗助の話」 近づいてきたジョセフは露伴の目の前に立つと、頬に触れてきた。いつも肩を抱かれたり手を握られたりしていたが、それらとは違う感覚だ。緊張する。 「俺が何のために君を呼んだか、分かる?」 「予想はついています」 そのために、仕事を終えて汗ばんでいた身体を洗って準備をしてきたのだ。 使用人にしては高すぎると思っていた給金は、こういう仕事も含めてのものだと知った。しかし相手に不満はない。彼なら、先ほど仗助に対して感じた戸惑いも疑問も全て、押し流してくれるはずだ。 「いい匂いだね」 髪や首筋に顔を寄せられて、露伴は身震いをした。これからする行為を、想像してしまう。 しかしジョセフは露伴から身を離すと、部屋の中心にある丸いテーブルにポケットから出した何かを置いて、椅子に腰掛けた。 「露伴君、こっちにおいで」 言われた通りにジョセフの元へ行くと、テーブルの上にはトランプの束が置かれていた。 「ポーカーのルール、分かる?」 「……え?」 「俺、カードを使うゲーム得意なんだぜ。前から君と遊びたかったんだけど、昼間は仕事でそれどころじゃないだろ? だからこの時間に、君を誘ったわけ」 「僕を呼んだのは、このためだったんですか」 「ん? 他に何か想像しちゃってた?」 慣れた手つきでカードを切っていくジョセフに、露伴は何も言えなくなる。 勘違いをしていた自分が恥ずかしい。夜に部屋に呼ばれるということは、身体で奉仕をする用件しか思い浮かばなかった。風呂まで入ってきた自分は何だったんだ。無駄に気合いを入れてきたふうになってしまった。 「今夜は寝かさないよん」 「明日の仕事、できなくなりますけど」 「いいよ、ちょっとくらい」 ジョセフに配られたカードが、目の前に数枚積み重なっていく。それを眺めながら露伴は、ジョセフという人物がますます分からなくなっていた。 |