ツイッターの診断で出てきた「3つの恋のお題」をそれぞれ承露で書いてみました。
伸ばした指先は空気を掠めて/お前しか要らない/同じ空を見ていた
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『伸ばした指先は空気を掠めて』


あの人に抱かれるようになってから、たまに苦しい夢を見る。
肌を合わせて、心臓の音が聞こえてしまうくらいそばにいるのに、いつか離れてしまうのだと思うと胸が締め付けられた。
僕を抱いている時でも承太郎さんは左手の指輪を外さず、その手で僕の頬や首筋、きわどいところにも触れていく。
その指輪を外してください、とは言えなかった。僕達の関係をそんなに重いものにしてはいけない。気付かない振りをしようとしても、その鈍い光が目の裏にまで焼き付いていて離れなかった。 どれだけ望んでも手に入らない男なのだと、思い知らされる。

「承太郎さん……」

名前を呼んで、手を伸ばす。
そこで僕は目が覚める。ひとりで寝ていたベッドの上で、夢の中と同じように指先を伸ばしていた。今、ここにあの人は居ないのに。
行き場のない指先が空気を掠めていくのを見て、僕の視界が涙でにじんだ。


***


『お前しか要らない』


ああ酔ってるな、と僕は向かい側で酒を飲んでいる承太郎さんを見て密かに思った。
僕は酒が苦手なので、こうして居酒屋に来ても水か烏龍茶ばかり飲んでいる。そして今日は、酔った姿をめったに見せない承太郎さんの様子がおかしかった。目が虚ろで、頬はかすかに赤く染まっている。
数日ぶりに会った彼は、いつもより飲むペースが早いのが気になっていた。何かあったのだろうか。

「承太郎さん、そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「たまには、いいだろうが……」
「いや、帰る時にちゃんと歩けるのかなと」

僕が言うと、承太郎さんは急に立ち上がる。しかし数歩も進まないうちに、畳に膝をついた。

「やっぱり、すごい酔ってるし……」

呆れてため息をつくと、僕はまともに立てなくなっている承太郎さんの身体を支えた。これはタクシーを呼ばないとダメそうだ。

「ろ、はん」

小さな呟きと共に抱き締められ、どきっとした。ここが個室で良かった。承太郎さんは酒臭いけど、嫌な気分じゃない。僕も広い背中に手を伸ばして抱き合う。

「あなたがこんなに酔ってるの見たら、奥さん怒りそうですね」

冗談ぽく言ったものの、僕はすぐに後悔した。承太郎さんは顔を上げて、僕の目をまっすぐに見つめる。

「俺は」
「……」
「お前しか、いらねえ」

何言ってるんだこの人は。馬鹿じゃないか。どうせ酔っているのだから、軽く受け流そう。
本気になんかなりたくない。どんなに愛を囁かれても強く抱き締められても、永遠に僕のものにならないと思うと辛い。
承太郎さんの酔いが覚めれば、さっきの馬鹿みたいな台詞は僕の記憶にだけ留まる。
何の救いもない甘く残酷な思い出の中に、僕ひとりだけが取り残されるのだ。


***


『同じ空を見ていた』


一緒に過ごした思い出だけを残して、承太郎さんはアメリカに帰ってしまった。
色々あったけど、これがきっと正しい展開なのだと思う。あれ以上ずるずると関係を続けていても、傷は深くなるばかりだ。
買い物帰りに見上げた空は夕焼けに染まっていて、それを見ているとまた思い出した。あの人に初めて抱かれたのは、こんな空を見た後だった。
ふたりで行った公園で言われた。このままあんたを帰さねえ、と。そして僕は、後戻りできないほど深いところへとさらわれた。あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。燃えるような空の色、承太郎さんの視線。僕に触れた手のひらの熱さ。
今、僕だけがこの夕焼けを見ている。アメリカにいる承太郎さんが見ているのは違う色の空だ。もしかすると外の景色すら見ていないかもしれないが。
誰にも許されない関係を続けながら、同じ色の空を見ていた日々は濃密すぎて、僕の胸を覆ったまま色褪せない。




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2011/7/4