ツイッターの診断で出てきた「3つの恋のお題」をそれぞれ承露で書いてみました。 伸ばした指先は空気を掠めて/お前しか要らない/同じ空を見ていた http://shindanmaker.com/125562 『伸ばした指先は空気を掠めて』 あの人に抱かれるようになってから、たまに苦しい夢を見る。 肌を合わせて、心臓の音が聞こえてしまうくらいそばにいるのに、いつか離れてしまうのだと思うと胸が締め付けられた。 僕を抱いている時でも承太郎さんは左手の指輪を外さず、その手で僕の頬や首筋、きわどいところにも触れていく。 その指輪を外してください、とは言えなかった。僕達の関係をそんなに重いものにしてはいけない。気付かない振りをしようとしても、その鈍い光が目の裏にまで焼き付いていて離れなかった。 どれだけ望んでも手に入らない男なのだと、思い知らされる。 「承太郎さん……」 名前を呼んで、手を伸ばす。 そこで僕は目が覚める。ひとりで寝ていたベッドの上で、夢の中と同じように指先を伸ばしていた。今、ここにあの人は居ないのに。 行き場のない指先が空気を掠めていくのを見て、僕の視界が涙でにじんだ。 『お前しか要らない』 ああ酔ってるな、と僕は向かい側で酒を飲んでいる承太郎さんを見て密かに思った。 僕は酒が苦手なので、こうして居酒屋に来ても水か烏龍茶ばかり飲んでいる。そして今日は、酔った姿をめったに見せない承太郎さんの様子がおかしかった。目が虚ろで、頬はかすかに赤く染まっている。 数日ぶりに会った彼は、いつもより飲むペースが早いのが気になっていた。何かあったのだろうか。 「承太郎さん、そんなに飲んで大丈夫ですか?」 「たまには、いいだろうが……」 「いや、帰る時にちゃんと歩けるのかなと」 僕が言うと、承太郎さんは急に立ち上がる。しかし数歩も進まないうちに、畳に膝をついた。 「やっぱり、すごい酔ってるし……」 呆れてため息をつくと、僕はまともに立てなくなっている承太郎さんの身体を支えた。これはタクシーを呼ばないとダメそうだ。 「ろ、はん」 小さな呟きと共に抱き締められ、どきっとした。ここが個室で良かった。承太郎さんは酒臭いけど、嫌な気分じゃない。僕も広い背中に手を伸ばして抱き合う。 「あなたがこんなに酔ってるの見たら、奥さん怒りそうですね」 冗談ぽく言ったものの、僕はすぐに後悔した。承太郎さんは顔を上げて、僕の目をまっすぐに見つめる。 「俺は」 「……」 「お前しか、いらねえ」 何言ってるんだこの人は。馬鹿じゃないか。どうせ酔っているのだから、軽く受け流そう。 本気になんかなりたくない。どんなに愛を囁かれても強く抱き締められても、永遠に僕のものにならないと思うと辛い。 承太郎さんの酔いが覚めれば、さっきの馬鹿みたいな台詞は僕の記憶にだけ留まる。 何の救いもない甘く残酷な思い出の中に、僕ひとりだけが取り残されるのだ。 『同じ空を見ていた』 一緒に過ごした思い出だけを残して、承太郎さんはアメリカに帰ってしまった。 色々あったけど、これがきっと正しい展開なのだと思う。あれ以上ずるずると関係を続けていても、傷は深くなるばかりだ。 買い物帰りに見上げた空は夕焼けに染まっていて、それを見ているとまた思い出した。あの人に初めて抱かれたのは、こんな空を見た後だった。 ふたりで行った公園で言われた。このままあんたを帰さねえ、と。そして僕は、後戻りできないほど深いところへとさらわれた。あの瞬間のことは、今でも鮮明に覚えている。燃えるような空の色、承太郎さんの視線。僕に触れた手のひらの熱さ。 今、僕だけがこの夕焼けを見ている。アメリカにいる承太郎さんが見ているのは違う色の空だ。もしかすると外の景色すら見ていないかもしれないが。 誰にも許されない関係を続けながら、同じ色の空を見ていた日々は濃密すぎて、僕の胸を覆ったまま色褪せない。 |