Again/4 僕の口の中でがちがちに硬くなった承太郎さんの性器が、じらすようにゆっくりと奥に沈んでいく。先のほうの太い部分が、後ろの穴を拡げる瞬間がたまらなく好きだった。 この身体の一部が、好きな人の性器の形に合わせて拡がるのが快感だ。 「んあっ、すごい……入ってる」 バスローブの紐はとっくに解かれて、僕は恥ずかしげもなく大きく両足を開いて承太郎さんを受け入れている。ここはベッドの上ではなく、玄関の固い床だ。家のドアを開け ればすぐにこの行為が丸見えになるという、いい雰囲気とは程遠い場所で僕は我を忘れて喘ぐ。 「嫌がっていたくせに、すっかり楽しんでいるじゃねえか」 「う……っ」 「他の奴が来た時も、そんな格好をしているのか?」 根元まで挿入され、覆い被さってきた承太郎さんに熱い息と共に囁かれる。違う、と言いたいのに僕の口から出たのは短い喘ぎだった。セックスに夢中になってまともに 話もできない今の僕は、快感を追うだけの動物でしかない。 これ以上、情けない自分を晒したくなかった。 承太郎さんとはもう、こんな形でしか一緒に過ごせないのか。外を並んで歩いている時、手を繋ぎたくてもできないもどかしさを味わうことも。パソコンに向かっている 仕事中の彼の後ろ姿を、少し離れたところから眺めることも。そんな小さな出来事すら、幸せだったのに。 「このまま、僕の中に……あなたの熱いのが、欲しい」 やっと出た言葉は、淫らな要求だった。身体は僕の気持ちを無視して、挿入されている性器を締め付けて欲しがる。荒々しいくちづけの後で強く腰を打ちつけられ、承太郎さんは 僕の中で射精した。彼の精液が腸壁に染み込んでいくような気がして、ぞくぞくする。 承太郎さんの腹でずっと擦られていた僕の性器も限界を迎えて、息を震わせながら達した。 この場所で承太郎さんと会うのは、もう何週間振りだろうか。 海の匂いがする公園。平日の昼間は他の人間の気配が薄い。親子連れや老夫婦がたまに近くを通り過ぎていくだけだ。騒がしい学生達が居ると話に集中できないので、今の 状況は都合が良い。 「外で会うのは、久し振りですよね」 「そうだな」 僕から誘ったからには、あまり待たせずに用件を言わなくてはいけない。無駄に引き延ばしても意味はない。伝えるべきことは、僕の中ではもう固まっているのだから。 承太郎さんが僕の家に来て、例の出来事があってから3日が経った。迷った末に答えを出すまでにかかったその時間は、長いのか短いのか。まともに原稿を進められず、 ひとりで苦しんだことを思えば永遠のようにも感じた。誰にも相談できなかったのが、余計に辛かった。 「あなたとは、もう終わりにします」 言ってしまえば戻れない言葉を、僕は承太郎さんを正面から見据えながらはっきりと口に出した。張り詰めた空気の中、承太郎さんは唇を薄く開いたまま僕を見ている。 一瞬だけ目を見開いたのは、僕から予想外のことを言われたせいなのか。めったに表情を崩さない彼にしては、珍しい。 「この前、強引に抱かれたのを怒っているわけじゃありません。僕があんな格好で出てきたせいもあるし、触れられて感じたのは事実ですから。あれから3日考えて、 ようやく分かったんです。僕には恋愛は向いていないって」 遠くで、小さな子供が大声で母親を呼んでいる。 「僕はあなたに抱かれるのが気持ち良くて、最中はすごく幸せだった。でも気が付くと、会うたびに欲しくてたまらなくなっていた。前の日にしていた約束なんてなかった みたいに振る舞って。これじゃもっと思い出が欲しいなんて言っても、信じてもらえなくて当たり前ですね」 理性が消し飛ぶほどのあの快感は、今でも忘れられない。覚えたばかりなのに、自分はセックスが好きなのだと思い知った。快感に溺れていくうちに、大切なものを 見失っていたことも気付かずに。 「このまま付き合っていても、これからも僕の身勝手であなたに迷惑をかけてしまう。それは嫌なんです」 「……露伴」 「あなたに会えて良かった。楽しかったし、幸せでした」 過去形を使いながら、僕は自分にも言い聞かせるように承太郎さんに告げる。 本当は今でも好きだ、この人を失いたくない。離れたくない。セックスなんかしなくたっていい、もっと一緒に過ごして、苦い思い出も甘酸っぱい思い出も、この胸に刻み つけていきたい。別れた後で、町で見かけてしまえばきっと胸が苦しくなる。自分から手を離したくせに、この日のことを後悔してしまう。 しかしもう、こうするしかない。後は承太郎さんが納得してくれれば、全てが終わる。 「俺の考えを、言ってもいいか」 承太郎さんの顔をまともに見られないまま、僕は頷いた。 「会うたびに求められるのは、嫌じゃなかった。俺が欲しいなら、満足するまで付き合ってもいい。あんたが心配するほど、迷惑だとは思わなかったぜ」 語られた意外な本音に驚いて、顔を上げる。息を飲むほど美しい色の瞳が、こちらに向けられていた。 「この前のことは、悪かった。あの時のあんたを見ていたら、我慢がきかなくなっちまった。だから、そんな俺に愛想が尽きて別れたくなったのかと」 「違うんです、僕が」 「キリがねえな」 突然強い力で抱き寄せられた。今は辺りに人が居ないとはいえ、大胆すぎる。付き合い始めの頃のように、心臓が落ち着かない。 承太郎さんはコートのポケットから、丁寧に折りたたまれた何かを取り出して僕に差し出す。それは外国人のカメラマンが開いているらしい写真展の広告だった。 期間は、今日まで。 「少しでも創作意欲の足しになるかと思ってな、あんたを連れていきたかった」 「承太郎……さん」 「あんたが作りたかった思い出ってのは、こういうことじゃねえのか」 散々身勝手に振る舞った揚句に、別れ話まで持ちかけてきた僕を。どうしてこんなに。 またやり直せるという、希望を持ってもいいのだろうか。もう1度、その手に触れても許されるだろうか。 震える両手で広告を持ったまま僕は、承太郎さんが見ている前で初めて涙を流した。 |