諦め方を知らない





「ぼくをナメてもらっては困りますね」

腹を跨いで上に乗った露伴が強い口調でそう宣言すると、承太郎は眉をひそめた。彼はどんな表情でも様になっているが、それは特にそそられる。ふたりの間に波風が立ちそうな今の状況でも。

「もしかして、このままあなたを向こうに帰すような物分かりのいい奴だと思っていましたか?」
「どういう意味だ」
「例えば奥さんと娘さんの記憶を全部消して、あなたをぼくのものにすることだってできる。きっと楽しいだろうなあ、ふたりだけの生活は」
「それは、ねえな」
「……は?」
「あんたはそこまで下衆じゃねえだろ、口では何と言おうがな」
「すごい自信ですね」

明日にはアメリカに帰るという承太郎の元を訪れ、これが最後のつもりで身体を重ねた。この町を離れるまで顔を合わせないまま別れたほうが、後を引くことなく上手く忘れられたかもしれないが結局欲望に負けた。
部屋のドアを開けて露伴を迎え入れた彼は、こちらの目的を何となく理解したようですぐに露伴の肩を抱いてベッドに導いた。やることはひとつしかないのだから当然か。それでも押し倒された時の期待と興奮が、今までと同じように心ごと飲み込んでいく。
海を挟んで離れてしまえば終わる。どうせ連絡も途絶えてしまうだろう。時差や向こうの妻子の存在に阻まれて、あっけないほど簡単に。長続きはしない脆い関係だと最初から承知で付き合っていたのに、今更後悔している。まさかこんなにも本気になるとは。
もしあなたを帰したくないと言ったらどうしますか。意外に情熱的なんだな。そんなやり取りで露伴の中に潜んでいた暗い部分に火がついたのだ。

「承太郎さん、ぼくのこと何も分かってないな。まあ所詮は不倫の関係でしたし、性感帯くらいですかねえ理解してくれていたのは。それ以外は特に興味なかったんでしょう?」
「おい」
「そんな怖い顔したって効かないですよ、ぼくは子供じゃないんです」

余計な感情を振り切るようにスタンドを発動させ、承太郎の頬からめくれたページを開く。さてどこから書き換えてやろうかと思いながら記憶を読んでいると、気になる部分を発見して手を止めた。

『先生がオープンカフェでスケッチブックを開いて何かを描いていた。声をかけてみたが、よほど夢中になっているのか気付かれなかった』
『じじいや仗助がおれの部屋を出て行った後も、先生はもうすこしここに残ると言って思い詰めた顔をしていた。その後で告白される。左手の指輪を見て、おれが既婚者だと分かっていたらしい。変わり者で有名なあの先生が、震えながらおれの手を握った』
『強要されたわけではなく、おれは彼を受け入れてその日のうちに抱いた。妻や娘に申し訳ないという罪悪感は、先生と過ごしているうちに恐ろしいほど薄れていった』
『おれが妻と電話をしている最中、そばにいる露伴は何を考えているだろうか。なかなか帰れないせいで電話の向こうから責められた後で彼に触れると、現実を忘れてしまいそうになる。進むべき道を踏み外していることも』

最初の頃は淡々としていたが、時間の経過と共に露伴に対する思考が長く具体的になっていった。今まで知らなかった事実が次々と明らかになり、胸が締め付けられる。そして最後のページにたどり着く。

『明日、じじいとアメリカに帰る。突然訪ねてきた露伴はじっとおれを見つめて、気のせいか泣き出しそうだ。一体どうすればいいのか、どう声をかければ』

そこまで読んだ後、露伴はスタンドを解除して承太郎を自由にした。無意識に頭を左右に振り、視線を逸らす。

「おれの記憶を、あんたの好きなように書き換えるんだろう?」
「……」
「どうした、露伴」

静かな声で挑発してくる承太郎に煽られて再びスタンドの名を呼んだが、それは何故か声にならなかった。




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2012/7/24