泡と密室





 丁寧に泡立てたスポンジで、広く逞しい彼の背中を擦っていく。
 男ふたりを収めた浴室は狭い。ぼくが先にシャワーを浴びている最中に裸の承太郎さんがドアを開けて入ってきたので、こんな展開になってしまった。
 あんなに涼しい顔をしておきながらもしかすると待ち切れなかったのかと思い、そしてさっきから同じところばかり擦っていることに気付いて焦った。文句を言われる前に、背中から腰のほうにスポンジを動かす。
 浴室の中では会話がなく、承太郎さんも黙ったままだ。強引に入ってきたくせに。
「前は自分でやってくださいよ」
「期待していたんだが」
 ぼそっと呟いた承太郎さんの一言を無視して、立てた泡を自分の上半身に広げていった。
 こちらを見ていない承太郎さんは、もちろんぼくの行動にはまだ気付いていない。以前から興味があって、機会があればやってみたいと思っていた。
「その代わり……」
 ぼくは白い泡にまみれた背中にしがみつき、今度は自分の身体をスポンジ代わりにして、ゆっくり動く。そうするうちに、彼の呼吸が荒くなった。
 AVではローションを使って似たような、いやもっと過激な行為をしているが、ボディソープの泡でも充分に代わりになるだろう。
「気持ち、いいですか?」
 泡のおかげで滑りが良く、上半身をスムーズに動かせる。こんな大胆な行為をしている自分が信じられない。答えが返ってこないことに不安を感じながらも続けていると、ぼくのほうもおかしくなる。
「こっちは見ないでくださいね」
 硬くなった乳首が承太郎さんの背中に擦れて、息が震える。
「見てえな」
「絶対に、見せない……っう、ああ…っ」
 ごまかせない声が出てしまった。もうだめだ、できない。彼の背中から離れたぼくは、密かに疼いていた身体を慰めたくて辛かった。
 視線を落とすと、そこは触ってもいないのに勃っている。支えを求めて壁にもたれているぼくのほうを、彼が振り向いた。裸の胸が視界を覆い、興奮したぼくは息を飲んだ。
 そのままキスを予感させる距離まで顔が近づいたが、承太郎さんは何故かそこで動きを止めてぼくを見つめる。
「先生は、おれをどう思う?」
「どう、とは」
「おれは自分が誰かから憧れられたり、頼りにされるような立派な人間だとは思わねえ」
 ボディソープの香りと浴槽からの湯気で暖かく満たされた密室で、やることはひとつしかないと決めつけていたが、想像とは違う流れになってきた。
 仗助はよく承太郎さんを、一緒にいると誇り高くなれる存在だと崇めているが、それに対して違和感というか何か思うことがあるらしい。さすがに仗助も、承太郎さんがぼくとこんな関係になっているのを知れば幻滅するだろうか。
「……ぼくは別に、あなたが強くてかっこいいから好きになったわけじゃないですよ。奥さんや娘さんがいるのにこうして年下の男と不倫だなんて、立派どころか最低ですし」
「はっきり言うんだな、否定はしねえが」
「正直言えば、承太郎さんのダメなところをもっと見たい。ぼくの前でかっこつける必要なんかない」
 承太郎さんは少し驚いた顔をした後、ぼくの背中を壁に押しつけて唇を奪う。息がうまくできないくらいの、荒々しいキスだった。このまま最後までしたい、というぼくの気持ちを読みとったのか、承太郎さんは唇を重ねながらぼくの性器に指を絡めた。




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2013/5/25