ダメージ/5





本屋の新刊コーナーに並んでいるぼくの単行本を、承太郎さんが手に取って眺める。

「こうして見ると、すごいものだな」
「読者アンケートでも上位に入ってるし、本の売れ行きも好調なんですよ」

今月初めに1巻が出たばかりのピンクダークの少年は、ぼくにとって特別な作品だ。16歳の頃からずっとあたためてきた設定とキャラクター。ずいぶん遠回りをしてきた ものの、こうして日本中の顔も名前も知らない人達にも、ぼくの漫画を読んでもらう機会ができた。
デビュー作でもあるこの漫画の1番最初の読者は、今ぼくの隣にいる承太郎さんだった。
約1年前、高校を出て以来久し振りにペンを握ったぼくは、漫画を描くことの楽しさを心の底から実感した。いくら描いても足りない、そんな気持ちを怖いほど味わった。 やはりぼくは漫画家になるために生まれてきた、今更ながらそんな気がするのだ。
風俗の世界から抜け出して全く違う仕事に就いたが、あの店に通っていた誰かがぼくの過去をいつか暴露する可能性もある。 もし周囲から問い詰められた時は隠さずに話すつもりだ。ゲイ向け風俗店で働いていた少年漫画家。どこを探してもめったにお目にかかれないから、インパクトは絶大だろう。 差別や偏見の目をひっくり返せるかは、ぼくの才能次第だ。
手に取った単行本をレジに持って行く承太郎さんを追いかけて、隣に並んで歩く。

「本当に買ってくれるんですか?」
「そのために日本に来たんだ、あとでこの本にサインもしてもらおうか」

単行本の発売が決まったことを承太郎さんに電話で報告して、アメリカでは発売予定がないので彼の元に送ろうとしたが断られた。日本の本屋で、自分の金で買いたいと言われた 時は嬉しくて思わず泣きそうになってしまった。
今のぼくがここにいるのは、全て承太郎さんのおかげだ。彼と出会ったことで1度は諦めた夢と逃げずに向き合い、それを叶えることができた。
もっと早くデビューしていれば、今頃は単行本を何十巻も出して更に読者を増やし、大きな家を建てているという未来もあっただろう。
しかしまだ21歳のぼくなら、今からでも遅れは取り戻せると信じている。


***


一緒に本屋を出て、歩行者用の信号が青に変わるのを待つ。承太郎さんの片手には、ぼくの初めての単行本が入った紙袋がある。後で彼が泊まっているホテルに帰ったら、 目の前で読んでもらって感想を聞くつもりでいた。
やがて信号の色が変わり、周りに紛れながら横断歩道を渡り始める。背後から来た騒がしい学生の集団とぶつかり、思わず足を止めたぼくの右手を承太郎さんが握ってくれた。
出会って間もない頃から、比べ物にならないほどすごいこともしてきたのに。こうして手を繋くだけの行為にも動揺している、自分が分からなくなった。
ごつくて大きいこの手の温もりを感じるたびに、承太郎さんへの想いが強くなる。ぼくの手を握る彼の薬指には、他の誰かのものだという証があるのに。
秘密の関係を続けるぼく達が行き着く先は、決して幸せなものではない。 それでもすでに走り出している今のぼくには、立ち止まったり悔やんだりする暇はなかった。
どんなに酷い痛手を負っても、ひたすら前に進むだけだ。




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2012/1/9