はちみつデイドリーム 透明なケースに入っている何十本ものマニキュアの小瓶を無造作に指でかきわけながら、承太郎はそれぞれの色を確かめる。 「同じような色ばかりだ」 「ちゃんと見てくださいよ、微妙に違いますから。それはこの前買ったアナスイの」 「……ああ? よく分からねえがむかつく響きだな」 「ただのブランド名なんですけど、嫌な思い出でもあるんですか」 承太郎は上手く説明できないらしく、眉を寄せたまま紫色の液体が入った小瓶を手に取ってはまたケースに戻す。 先ほどのブランドのマニキュアは好きな色だけではなく、店に寄った時に適当にまとめ買いしてきたので1度も使っていないものも混じっている。 値段は見ずにレジへ持って行ったが、色違いで30本ほど買っても大した金額ではなかった。 この家に彼を呼んで、やることと言えば毎回酒を飲むかベッドに行くかのどちらかだ。しかし今日はいつもと違う、面白そうな遊びに付き合ってもらっている。当然提案したのは露伴だ。 様々な色のマニキュアの中から露伴に似合いそうなものを選んで、それを爪に塗ってもらう。手が終わったら素足の爪にも。目の前で跪いて露伴のためにマニキュアを塗る承太郎の姿を想像すると、優越感でぞくぞくする。 誰かの爪に塗った経験はないらしいが、肝心なのは技術ではない。爪から色がはみ出そうが何だろうが、承太郎が露伴に尽くす行為自体が重要なのだ。正確な作業は求めていないので、スタンドの目を使うのも禁じた。 やがて電話が鳴り、担当者と数分話をしてから再びリビングに戻ると、テーブルの上に1本の小瓶が置かれていた。まさに選び抜かれたものと言わんばかりの存在感で。 選ばれた色は決して不快ではないが、意外だったので驚いている。 「この色、ですか」 「あんたの要求通り、選んでやったぜ。それだ」 「分かりました……じゃあ、次も約束通りに」 露伴がテーブル越しに両手の甲を向けると、承太郎は小瓶の蓋を開けた。 寝室のベッドの中で抱き合った後、汗の引いた身体を起こして両手の爪を眺める。マニキュアの独特の匂いに包まれながら過ごした、もどかしくも甘い時間が忘れられない。 承太郎が選んだ色は、控えめにラメが含まれている淡い桃色だった。まるで砂浜で見つけた桜貝を思わせるような。 赤や青などの派手な原色や黒という主張の強い色達にひっそりと紛れていたそれを、承太郎は見逃さなかった。 「望み通りに塗れた自信はないがな」 「いえ、いいんです。これで」 遅れて起き上がった男にそう答えると、ずっと聞き逃していたことを思い出した。 「どうしてこの色を選んだんです? そんなにぼくってピュアで可愛らしい人間に見えますか」 冗談混じりに言った露伴に、承太郎は口の端を上げて笑みを浮かべる。優しいものではなく、何故か胸騒ぎを感じる意味深なものだった。 「あんたの嫌がるツラを見たかったんだが、上手くいかなかったようだ」 |