背徳の果実





 夜の10時、人の家を訪問するには少々遅めの時間だ。しかも約束はしていない。
 それでもホテルを出てここに向かってしまったのは、振り切ったつもりでも実は未練があったのだろうか。
 自分は明日、祖父と共にアメリカへ帰る。それをきっかけに終わりにしようと誓い合っていた。最後に顔を合わせたのは今日の夕方で、余計に辛くなるので最後は唇すら重ねることなく別れた。
 ぼくは忙しいので見送りには行きませんから、とあの男はいつもの傲慢な口調で言うとさっさと背中を向けて部屋を出て行った。別れの挨拶にしてはやけにあっさりしていたが、泣いて縋らないところは予想通りだと思った。
 どんなに説得されてもこの町に留まることはできないが、心の奥底では少しくらい惜しむ様子を見せてほしかった。そう思うのは単なるわがままだろうか。
 せっかくきれいに別れたのに、再びこの家のドアを目の前にしている。不愉快そうな顔で追い返されるのは分かっている。自分がどんなに愚かな行為をしているのかも。
 しかし、もう引き下がれない。承太郎は一呼吸置くと呼び鈴を押す。数十秒待っても家主が出てくる気配も、インターホンを通じて声が聞こえてくることもなかった。もう1度押しても同じだった。
 もう諦めろと頭の中から誰かの声がして、軽く目を閉じる。そうだ、衝動的に訪れたものの今更何を話せばいいのか一切考えていなかった。やはり関係を続けようとは決して言えず、無言で抱き締めようとしても多分拒まれる。
 重く息をついてドアから離れかけた時、中から物音が聞こえた。何かが倒れたのか落ちたのかは分からないが、どうやら出掛けているわけではないらしい。
 ドアノブに手をかけてみると、音を立てながら開いたので驚いた。後で文句を言われることを覚悟で中へ入ったが、明かりはついておらず薄暗い。それでもリビングからかすかに聞こえる物音を頼りに、廊下を歩く。
 そしてたどり着いた部屋の電気を点けた承太郎は、言葉を失った。絨毯に転がっているローションの容器、脱ぎ散らかされた衣服。そしてシャツ1枚だけを羽織った姿の露伴が、太い性器に似せて作られたディルドを尻に抜き差ししながら狂ったように声を上げていた。
「ああ……いく、いくぅっ!」
 一緒に過ごしている間には見た記憶のない、別人のような様子だった。虚ろな目で涎を垂らしながら絶頂を迎えた露伴が、びくびくと身体を震わせている。すぐ近くに来ている承太郎にも気付いていないようだ。
「もうぼく、バカになっちまいそう……あー、気持ちいい! もっと欲しい……」
 ずるずると身体を絨毯に伏せたまま、露伴はそばにあるソファへと手を伸ばす。彼が口に入れようとした正体不明の錠剤を目にした承太郎は、それを強引に奪い取った。
「あんた、一体どうしちまったんだ」
「……え、なに……じょうたろさん、どうして」
 承太郎の手から錠剤を取り返そうとした露伴は、荒く息を吐きながら呟く。承太郎は舌打ちしながら奪った錠剤をコートのポケットに突っこんだ。
「悪いな、もう1度あんたの顔を見たくなった」
 とりあえず露伴の身体を起こし、背中を腕で支えた。至近距離でじっと見つめてきた露伴は突然承太郎にしがみつき、汗ばんだ身体を押しつける。
「さっきのは、一体何だ」
「なに、って」
「あんたが飲もうとしたやつだ」
「今日、町で外人から買ったんです。あなたには知られたくなかったのに、参ったな……でも、ぜんぶわすれてきもちよくなれるから、あ……」
 射精したばかりの露伴の性器が再び勃ち上がり、先走りを垂らす。それを指に絡めて緩く扱き始める露伴の表情は、訪れた快楽でとろけきっていた。
「あ、承太郎さんのまえで、こんな」
 夕方に別れた時は平気そうな顔をしていたのに、今ではおかしな薬のせいで壊れている。もしかすると露伴は承太郎が思っていた以上に辛かったのか。薬を買ったのが今日だという言葉が、ますますそう感じさせる。
 どうすれば薬を抜いてやれるのか、この状況だと冷静になれず戸惑う。放っておけばやがて完全に薬漬けになる。こうなったのはこちらにも責任があるのだ、そもそも既婚者との恋愛を拒んでいた露伴を引きずり込んだのは承太郎の方だった。
「キスしてよ、あなたの匂いも全部好きなんだ、すきだよ……」
 涙を流しながら縋ってきた露伴と衝動的に唇を重ね、舌を絡める。貪り合うようなキスの後で唇が離れても、露伴は承太郎の胸に頬をうずめて密着してきた。


***


 露伴の両足を肩に乗せ、腰を奥まで進めると身体の下で嬌声が漏れた。残っていたローションを塗り付けた承太郎の性器が擦れるたびに、露伴の拡がった穴から卑猥な音が立つ。
「やっぱり、じょうたろさんのがいいっ……!」
「さっきはオモチャでイッてたじゃあねえか」
「だって、もうあなたとセックスできないと思って、しかたなくて」
「夕方は澄ました顔しておいて、本当はこんなことばかり考えてやがったのか」
 すでに把握していた露伴の弱い部分を亀頭で抉り、更に狂わせる。背を反らし、痴態を晒す露伴を追い詰めるように承太郎は腰の動きを速めた。性器を搾り取るような熱く狭い腸壁は、何度味わってもたまらない。しかし今日は、いつもと感覚が違う。
「じょうたろさん、ゴム着けてないですよね、いつもよりずっとイイから……熱くて、ごりごりしてる」
「薬のせいもあるだろう」
「ナマでやるのはじめてだ、こんなにすごいの知らなかった、ああっ!」
「着けないとやらせなかったのはあんただぜ」
 直で感じる腸壁の吸い付きや熱さは、今までとは段違いだ。きつく締まった穴へ抜き差ししながら、承太郎はポケットから先ほど露伴が飲もうとしていた錠剤を取り出す。虚ろな目で自らの性器を両手で扱く露伴は、今まで頑なにコンドームを承太郎に着けさせていた時の面影はない。今はひたすら、快感を求める動物そのものだ。
 縋る露伴を見て欲情した自分も似たようなもので、最低だと思っている。両腕を伸ばしてきた露伴に導かれるまま身体を倒すと、舌に乗せていた錠剤を深いキスをしながら露伴の口内へ押し込んだ。




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2013/4/15