flash you back





仗助達の前では初対面を装っていたが、この男のことは今でもよく覚えている。忘れようとしてもなかなかできなかった。
やがて仗助と一緒にどこかへ行ったはずの男が後を追いかけてきて、帰宅中の露伴の肩を掴んだ。あの時のガキだろう、という問いかけと共に。
数秒置いてゆっくり振り向いた先では、雰囲気も何もかも3年前と変わっていない男がこちらの反応を窺っていた。記憶が巻き戻り、あの水族館で見た横顔がよみがえる。

「あんたの名前を仗助から聞いて、まさかとは思ったが。やっぱりな」

もう会うことはないと思っていた。かろうじて平静を保っているが、実際は動揺していた。

「ところで、水族館で一緒にいたじじいはどうしたんだ」
「知りたいですか? ふふ……ぼくがあの人とナニをしてきたか、教えてあげましょうか」
「話が見えないんだが」
「創作に必要なリアリティに見合うものをぼくが身体で差し出した。それだけのことです」

露伴の言葉を生々しい方向に受け取ったらしい承太郎が、まるで汚らわしいものを見るような目を向けてくる。事実なのだから仕方ないが、初めて会った時の穏やかな口調で語る彼を思い出すと、胸の奥が軋みを上げた。

「素晴らしい作品を描くためなら何でもやりますよ、ぼくは」
「……そうか、好きにすればいい。あんたがどこの誰と寝ようが、おれには関係ない」

最後の一言が、信じられないほど重く響いた。白いコートの裾を翻して去っていく承太郎の背中を追えないまま、露伴はその場に立ち尽くした。


***


漫画家としてデビューした頃に知り合った、大企業の重役である老人。週に1度は会って話し相手になるという条件で、様々な方面でバックアップを受けていた。
話し相手どころか、あの時の自分はもはや愛人のような存在だった。何度も身体を貪られ、怪しげな道具も使われた。しかし一般人では決して立ち入ることができない場所に入れてもらったり、普通なら一生縁がないであろう各界の大物への取材など、見返りはあまりにも魅力的すぎた。
そして取材と称した、老人との海外旅行先で立ち寄ったアメリカの水族館。そこで出会ったのが同じく客として来ていた承太郎だった。露伴の隣に立った彼は頼んでもいないのに、透明な壁の向こうで泳ぐ魚について解説し始めた。
こっそり盗み見た承太郎の横顔はとても美しく、すぐそばに老人がいるのも忘れて見入ってしまった。名前の分からない感情に動かされるまま、自分は漫画家になったばかりの岸辺露伴という高校生で、アメリカには取材旅行で来ていることを告げた。
承太郎からは名前と職業を聞いたところで、腰に手を回してきた老人に連れられて水族館を出た。その後に宿泊した夜景を見渡せる高級ホテルでは、承太郎に嫉妬したらしい老人からベッドの上でかなりねちっこく攻められた。
アメリカで承太郎と出会ってから3年、思わぬところで再会した。今度はスタンド使い同士として。しかし調子に乗ったせいで、完全に嫌われてしまったようだ。


***


「あなたもここに? 偶然ですね」

足場の不安定な砂浜の上を歩きながら声をかけると、承太郎は眉を寄せて明らかに不快そうな顔をした。本当は偶然ではなく、承太郎が泊まっているホテルを訪ねたところ留守だったので、彼の祖父であるジョセフに行き先を聞いたのだ。
嫌われているのは分かっていたが、とはいえ同じ町で生活している間は完全に避けることは不可能だ。それに3年前に彼と過ごした数分間をずっと忘れられずにいた。

「ぼくはね、昔から年上に惹かれるんですよ。特に結婚してる人を誘う時のスリルときたら」
「あんたみたいな奴に搾り取られた、あのじじいが気の毒だぜ」
「酷い言い方だなあ。向こうもぼくのこと気に入ってたみたいですし、勝手に悪者扱いしないでくださいよ」

老人がこの世を去ったのは、露伴が高校を卒業して間もない頃だった。特別な感情は抱いていなかったが、恩はあるので今も毎年墓参りに行っている。
それはさておき、露伴は更に承太郎に接近するとコートに包まれた腕にそっとしがみついた。見上げると睨まれたが、お構いなしに口を開く。

「承太郎さんと遊んでみたいな、ぼくの好みにぴったりなんですよ」
「変態じじいのお下がりを抱けってのか? 冗談じゃねえ」
「抱くのが嫌なら、逆でもいいですけどね。それともはまっちゃいそうで怖いですか?」

好きだからセックスしたいと本心を告げても、過去の件があるので信じてもらえないだろう。どうしても素直になれないまま粘っていると、頭上から深いため息が聞こえた。


***


何十年も使われているような、黄ばんだ染みのついたシーツを握り締めながら露伴は腰を高く上げ、背後の承太郎を受け入れた。勃起した彼の性器のサイズは想像以上で、口に含んだ時から危険な予感がしていたのだ。腰が進むごとに声にならない悲鳴を上げる。
海の近くにあった小さな宿で案内された和室は狭く、掃除の手が行き届いていないのか隅には埃がたまり、窓はうっすらと汚れていた。そして畳は見苦しく色褪せている。
本当は露伴の自宅か承太郎のホテルで抱かれたかったが、この際贅沢は言えない。

「遊び慣れているあんたなら、これぐらいは平気だろう」
「こん、な、すごいの……知らない」
「漫画のためなら何でもやったんじゃねえのか」

根元まで入りきった後、無遠慮に腰を打ちつけられて意識が飛びそうになった。
そのつもりで持参していたローションのおかげで、多少は楽になっているだろうがそれでもこの大きさは辛い。避妊具は承太郎の熱を直で感じたかったので渡さなかった。
1度引き抜かれ、今度は仰向けで膝裏を押し上げられると再び挿入された。飲み込む余裕のなかった唾液が口の端から溢れ、苦痛と快感の狭間をさまよう。放って置かれたままの性器を自分で扱くと、先走りのせいで粘ついた音が立つ。
老人相手の時は露伴が上になり積極的に動いていたことが多く、こういう状況には慣れていなかった。張型やローターで玩具攻めをされた時とは比べ物にならない強烈な刺激に、身も心も壊れてしまいそうだ。

「じょう、たろさん……ぼく、あの時からずっ、と」

亀頭の張り出した部分で弱いところを抉られ、言葉の続きが消し飛ぶ。承太郎は露伴の話をまともに聞く気がないのか、呼吸を荒げながら腸壁を犯し続けた。
これだけ激しい行為をしていても、肌と唇は重ならない。深く繋がった下半身だけは汗や体液が混じり合い、承太郎の腰が動くたびに卑猥な匂いが漂う。
もしあの水族館で、承太郎がどこかへさらってくれていたらと想像する。初めて会ったばかりなのに有り得ない話だが、狭くて汚い部屋でのセックスでキスのひとつもしてくれない今の状況を思うと、甘い夢のひとつくらいは許してほしい。




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2012/10/13