現実逃避/後編





 浴衣の下に籠もっている熱が鬱陶しいが脱ぎ捨てることはできない。汗で張り付く布地の嫌な感覚を忘れたくて、承太郎は露伴の少し緩くなった穴に自身の性器を沈めていく。
 枕元とその周辺を淡く照らす灯りが、いつものホテルとは違う雰囲気を更に盛り上げる。浴衣を着たままでセックスしたいという露伴の希望通り、お互いに浴衣を身にまといながら布団の上で繋がった。腰を奥まで進めた後、何度か前後に動いただけで汗が滲む。
 性器を締め付ける腸壁の感覚と、切なそうに見上げてくる露伴の表情や喘ぎに煽られた承太郎は一旦性器を抜き、露伴を強引にうつ伏せにした。尻を覆い隠している布地を捲り上げ、欲しがるように揺れている腰を掴んで再び挿入する。
「こっちのほうが、すごい、深い……」
「あんたは前から、これが1番好きだったよな」
「他のより奥まで入ってる気がするし、それに動物の交尾みたいで……ぞくぞくする」
 露伴と共にこの旅館を訪れて以来、承太郎は妻子のことを考えないようにしていた。杜王町という現実から遠く離れた静かな場所で、ふたりだけの時間を過ごす。吉良の件がまだ解決していない状態で町を離れていいものかとも思ったが、露伴の魅力的な誘いに乗ってしまった。
 肌のぶつかる音と、獣のような荒い息遣いが部屋を満たす。露伴が口にしていた動物の交尾という言葉は間違ってはいない。面倒なことは何も考えずに、ひたすら欲望のままに貪り合う。まさに動物だ。違うのは裸ではなく、かなり乱れているとはいえ浴衣を身に着けているところだけだ。
 露伴の浴衣の帯を解くと、承太郎は彼の両腕を背中でひとまとめにして帯で手首を拘束した。この状態が気に入ったのか、露伴は息を震わせながら中に埋め込まれている承太郎の性器を更に強く締め付ける。浴衣の醍醐味を存分に利用して、束の間の非現実を味わった。


***


 それ露伴先生のイヤリングですよね、という康一の言葉を聞かなくても持ち主が誰なのかはすぐに分かった。降り続く雨の中、ドアが開いたままの車のそばに落ちていたそれは、先日訪れた旅館で抱いた露伴が身に着けていたものだ。布団の上で腰を打ちつけるたびに激しく揺れて、枕元の灯りを受けて微かに光っていた。
 嫌な予感だけが胸の内で膨れ上がる。本来ならば自分が受けるべき罰を露伴が代わりに受けてしまったのか。
 やがて仗助や億泰と合流する中で承太郎は、手の中のイヤリングを無言で握り締めた。
 自分は再びこの町に戻ってきた。これ以上現実から目を逸らすわけにはいかない。




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2013/11/12