「二人で逃げよう」 承太郎がリビングで映画を観ている最中、露伴は仕事部屋でいつも通り原稿用紙にペンを走らせていた。 この町で起きていた事件が解決して、翌日に承太郎はジョセフと共にアメリカへ帰る。それは数日前から知っていたが、見送りに行くかどうかずっと迷っていた。 胸の奥に隠していた想いは本人には告げずに永久に封じるつもりだった。しかし最後の瞬間まで顔を見てしまえばどうなるか分からない。絶対に知られてはいけないのだから。 いや、知られたくなかった。まさか自分が既婚者の男に恋をするなんて。しかも報われない結末になるのは確かだ。もうすぐここから消えてしまう相手に苦しめられたくない。 それなのに、承太郎が突然訪ねてきた。露伴が持っているビデオの中で、気になる映画があるので帰る前に見せてほしいという。少しでも決意が揺らぐのを恐れ、映画が終わるまで露伴は承太郎から離れて過ごすことにした。 あと30分ほどで映画は終わり、用を済ませた承太郎はホテルに帰るだろう。先ほどからペンの動きが鈍い。インクが思い通りに飛ばない。平気な振りをしていても、心の動揺が漫画に表れている。密かに舌打ちをした。 そうしているうちに、いつの間にか時間が経っていた。部屋のドアをノックする音に驚いて肩が小さく跳ねる。 「先生、終わったぜ」 「そうですか」 開いたドアの隙間から聞こえた声に、露伴は振り向きもせずに応える。当然、承太郎はすぐに帰ると思っていたが予想は外れた。こちらに足音が近づく。 「ぼくがあの映画のビデオを持っていること、いつ知ったんです?」 「じじいから聞いた」 そういえばジョセフとはよく話をしていて、承太郎より個人的な付き合いは深かった。漫画など共通の話題が多いのだ。その中で、好きな映画の話もしていた気がする。 「お忙しいでしょうし、ビデオくらい貸しますから向こうでゆっくり観れば良かったのに」 「いや、それじゃあ意味がねえんだ」 わけの分からないことを言い出した承太郎に、露伴は眉をひそめた。まるで映画の他に目的があったような言い方だ。 「実は映画を観ている間、考えていたことがある。ようやく結論が出た」 「結論?」 「おれはあんたに惚れている」 一瞬、頭が真っ白になった。承太郎が何を言っているのか、理解できない。 「黙ったまま向こうに帰るのが正しいのかもしれねえが、言わずにはいられなかった」 「ち、ちょっと……何なんですか、急に!」 机に乗せていた手の甲を包むようにして触れられ、伝わってきた大きな手の感覚や温度にぞくっとした。今までそれなりに会話はあったが、こうして肌が重なることはなかった。 唐突な告白の後なら尚更、これはそういう意味での行為だと察した。改めて顔を上げた先にある承太郎の顔は真剣そのもので、全てが冗談には思えない。 最後の日に、とんでもない展開になった。これで気持ちが通じ合ったことになるのだろうか、相手の立場を考えると素直に喜べずにいる。 「あなたはその辺の学生とは違うんだ。そんな簡単に」 「ああ、分かっている」 「分かってない! あんたは明日さっさとアメリカに帰れば済むけど、残されたぼくはどうなるんだ! 奥さんの元に戻るあんたが、これからぼくに何をしてくれるんだよ!」 露伴の手を握っている、承太郎の力が強くなった。何も答えが返ってこないということは、後のことは考えていなかったのか。一方的に吐き出しておいて逃げるのは卑怯だ。そんな奴だとも知らずに自分は今日まで葛藤し続けた。 しかしこれ以上、承太郎を拒絶できない。妻子ある身で、年下の男に告白するようなとんでもない男だと知っても、重ねてきた手を振り払えなかった。 「……時間がある時は電話をする、余裕ができればまた会いにくる」 「ここでは何とでも言えますよね? 今ぼくを安心させておいて、連絡ひとつ寄越さなくなるかもしれない」 「どうすれば信じるんだ」 好きだから、愛しているから、ふたりで逃げよう。 承太郎にそれくらいの本気を示してもらわなくては、心の底から身を委ねることはできない。 |