言えない事情 こんなふざけた病気でも、深刻であることには変わりない。 心臓が動悸が恐ろしいほど激しくなり、息が苦しくなる。これを落ち着かせることができるのは、この町にいるジョースター達だけだ。ピンポイントで限定されているのが 妙な話だが、実際に彼らのうち誰かに触れると身体が楽になるのだ。病院に行っても的外れな薬を出されただけで、つまり現代の医学でもどうにもならない病気だと分かった。 ジョースターは長年続く深い因縁の他にも、こういう不思議な力も備えているらしい。病気の詳細については彼らの誰にも打ち明けていないので、露伴だけが知っていることだ。 話したところで信じてもらえる可能性は低いだろう。くそったれ馬鹿の仗助でも。 「抱き締めても、いいですか」 2階の寝室まで肩を貸してくれた承太郎にそう問うと、露伴は返事を待たずに彼の背中に両腕をまわしてしがみついた。発作を鎮めるため、身体をすり寄せて匂いを吸いこむ。 借りたい本があるという電話の後、仕事中だった露伴の家に承太郎が訪ねてきた。そこまでは良かったが、部屋から持ってきた本を手渡した時に例の発作が起こった。 玄関先でうずくまった露伴の前にしゃがみ、顔を覗き込んできた承太郎と目が合った途端に心が揺れた。今、助けを求めれば楽になれる。そのためには病気のことを話さなければ ならないのだが、顔見知りのジョースター達の中で特に厄介そうな男が相手なので迷っていた。 普段からそれほど親しいわけでもなく、ふたりきりで会話をするのは珍しいという間柄だった。接してきた機会は、仗助やジョセフのほうが多い。 承太郎は露伴の状態をただ事ではないと判断したのか、寝室まで付き添ってくれた。最初は医者を呼ぼうとしていたが、あてにならないと分かっている露伴がそれを拒んだためだ。 ジョースターの力は医者や薬よりも頼りになる。身体が少しずつ楽になっていき、ベッドで休まなくても良さそうだ。 「おれは、どうすればいい?」 軽く息をついて腕を緩めると、そんなことを囁かれた。自分の体調ばかり考えていたせいで、順序を間違えてしまったと今更気付いた。病気について先に話しておけば良かった のだが、それを飛ばしたため多分おかしな方向に誤解されている。 「この状況の通り、受け取ってもいいのか」 「ちょっ、待っ」 受け取ったところで一体どうする気だ。露伴は発作を鎮めるために、ジョースターの力が必要だった。それだけのはずが。 離れようとしていたが、腕の中に閉じ込められた。すぐ近くにあるベッドが、余計に雰囲気をおかしくしている。取り返しがつかなくなる前に、全て打ち明けなくてはいけない。 「承太郎さん、実は……ぼく」 「ん?」 身体を解放されて再び視線が重なる。その目に見つめられると、言葉が上手く出てこなかった。心臓がやけにうるさいのは発作とは関係ない。 もしかするとこの男に惚れてしまったのだろうか。有り得ないことだ。少し前まではただの顔見知りで、特別に意識はしていなかった相手に対して。 「本を借りるよりも、あんたと話すのが目的だった」 意外な事実を聞いて驚いた。玄関で本を渡された後は、すぐに帰ると思い込んでいたからだ。もし露伴の発作が起きていなければ、あれからどういう展開になっていただろう。 「前から気になっていたんだ、めったにお目にかかれない種類の人間だからな」 「それって褒めてるんですか、貶してるんですか」 よく分からないが興味を持たれているらしい。その辺にいるような凡人とは違う、この才能を見抜いているのなら大した奴だと思うが。 「もっと、あんたを知りたいと思う。迷惑だろうか」 最後の言葉はずるい。すでに拒めない空気になっている。 唇が触れ合うと、意識がとろけて何も考えられなくなった。承太郎の名前を小さく呼ぶ声は震え、発作とは違うものが胸を締め付ける。 彼には妻や娘がいることは知っていたが、この濃密な雰囲気にすっかりやられてしまった。これはすでに抱えていたものより、更に深刻な病かもしれない。 ベッドの中で両膝を抱えながら全てを打ち明けると、隣で横たわっている承太郎はしばらく何も言わなかった。肌に受けた愛撫、身体の奥に注がれた精液。まさか同性に抱かれる 日が来るとは思わなかったが、最中は興奮していた。見られながら射精してしまった。 「もう遅いかもしれませんが、やっぱり黙ったままじゃいられなかった。ぼくはそういう、おかしな病気なんです。発作を鎮めるためにあなたを利用した」 「おれじゃなくても、良かったってわけか」 「気の済むまで殴ってください、そうされても仕方がない」 唇を重ねる前の承太郎の表情や言葉が、頭から離れない。自分は肝心な話を口にしないまま、彼を騙してしまった。これまで創作のために色々な人間を巻き込んでも平気で いたが、今回は事情が違う。この胸に罪悪感が芽生えるなんて稀なことだ。 身を起こした承太郎に肩を抱かれ、引き寄せられる。 「じじいや仗助には、話してねえのか」 「言えるわけがない。こんな」 「だが、いつかは」 「……承太郎さん?」 「いや、おれが言えることじゃねえな。これは」 その先を濁して、承太郎は黙り込んだ。独り言にしては意味深すぎて、身動きが取れない。 |