悪戯の代償 いつもは涼しい顔をしている男の、悶え苦しむ顔が見てみたいというちょっとした好奇心のつもりだった。 この家を訪れた承太郎のために淹れたコーヒーの中に、あらかじめ用意しておいた粉状の薬を溶かす。スプーンで数回混ぜているうちに薬は溶けて消え、一見すると普通のコーヒーと何も変わらない。 ふたつのコーヒーカップをトレイに乗せてリビングのテーブルに向かい、何でもない振りを装いながら薬を入れたほうのカップを承太郎の前に置く。 あとはこれを飲んでくれるのを待つだけだ。 「あなたが好きだと仰っていたコーヒー、また買ってきたんですよ。実はぼくもお気に入りなんだ、この味も香りも」 上手くいくと分かっていても念のために、何も入れていない自分用のコーヒーに口を付けて見せようとした途端にそれまで黙っていた承太郎が露伴の名前を呼んだ。 「砂糖を入れて飲みたいんだが」 「承太郎さんって甘党でしたっけ」 「今日はそういう気分なんだ」 先日同じコーヒーを出した時は何も入れずに数杯飲んでいたので、予想外の要求だった。 調子が狂ったものの焦らされた後のお楽しみも悪くない。角砂糖の入った瓶を手にして再びリビングに戻り、コーヒーの中に3つも角砂糖を落とす承太郎を見届けた露伴は、自分のコーヒーに口を付けた。 数分後、雑談をしている最中に突然腹痛に襲われた。額から汗が浮き出し、次第に強くなる腹の痛みに会話を楽しむ余裕を根こそぎ奪われる。腸から響く低い遠雷のような音が、正面にいる相手にも聞こえてしまいそうだった。 「どうした先生、具合でも悪いのか」 「いいえ、別に……」 おかしい。露伴が出したコーヒーを半分近く飲んだ承太郎は、ここに来た時と変わらない落ち着いた表情でこちらを見据えている。まさか、いやそんなはずは。混乱する露伴の前で、とどめとばかりに残ったコーヒーを承太郎が全て飲み干す。 脂汗が額から頬を伝い、流れ落ちていく。不自然に息を荒げながら腹を片手で押さえ、何とか会話を続けようとしたが限界だった。ソファから腰を浮かすと、承太郎に睨まれた。 「おい。どこに行くんだ」 「どこって、ちょっとトイレに」 「だめだ、話の途中だろうが」 何を言い出すのだと、露伴は歯を食いしばりながら苛立った。いくら会話の最中でもトイレに行くことくらい無礼でも何でもないはずだ。そう考えた瞬間、とんでもない事実に気付いた。 ふたり分のコーヒーカップはそれぞれ形も大きさも同じだが、控えめに描かれている薔薇の色が違う。露伴が自分の前に置いたはずの赤い薔薇模様のカップが、いつの間にか承太郎の手の中にある。 迂闊どころか大失態だ。承太郎はおそらく露伴の企みを見抜いて、こちらが砂糖を取りに行った隙にカップを入れ替えたのだ。 「そういえばこの前、海に行った時の話なんだが」 「っ、く……」 「珍しい貝を見つけたんだ、今まで図鑑でしか見たことのないレアなやつだ」 ソファの上でうずくまり、苦悶する露伴を前にしても承太郎は全く気遣う様子を見せない。 それどころか席を立つことすらも許さないという非道ぶりだ。このままでは承太郎に見られながら、しかも下を穿いた状態で排泄する羽目になる。それだけは絶対に避けたい。 用意した下剤の効き目を、今ここで自分自身の身体で充分すぎるほど味わっていた。好奇心に殺されるという言葉が、ふいに頭に浮かんで離れなくなる。 「じょう、たろさ……っ、話は後でちゃんと聞きます、から」 「同じことを何度も言わせるな。それに今の気分を覚えておけば、いい漫画が描けるかもしれねえだろ」 にやりと笑みを浮かべる承太郎は、こんな状況でもぞっとするほど美しかった。スタンドを使って切り抜ける気力もない露伴が視線を下にずらすと、承太郎の股間が密かにズボンの生地を押し上げているのが見えた。 |