間違いの始まり





急用でパソコンに向かっている承太郎さんから少し離れたところにあるソファの上で、ぼくはスケッチブックを開き鉛筆を走らせる。
連載中の漫画で使えそうなネタが浮かんだので、忘れないうちに書き留めておく。
覚えているつもりでも、あっけなく頭から消えてしまうのだ。 別にぼくが忘れっぽいわけじゃない、奇跡的なひらめきとはそういうものなのだから。
ついでに浮かんできたキャラの衣装も描いておいた。

「終わったぞ、先生」

突然耳元でそう囁かれ、ぼくは驚いて手を止める。仕事を終えたらしい承太郎さんが、いつの間にかぼくの隣に座っていた。

「さっきからずっとここにいたんだが、なかなか気付かれなくてな」
「黙ってないで声かけてくださいよ」
「自分でもよく分からねえが、仕事熱心なあんたを見ているとあのままでもいい気もした」
「何言ってるんですか、ここはあなたの部屋で……」

ぼくが言い終わらないうちに承太郎さんの顔が近づき、互いの唇が重なった。目を閉じるとくちづけは更に深くなり、じれったく触れ合せていた舌を絡ませていく。
やがて唇が離れると、ぼくは息を乱しながら承太郎さんにしがみつく。足元に落としてしまったスケッチブックを拾う余裕もないほど、頭の中は甘い余韻に満たされていた。 まだ心臓が落ち着かない。

「なあ、先生」
「……はい」
「あんたを、抱きてえ」

顔を上げた先でこちらを見つめている承太郎さんは、冗談を言っているようには見えなかった。拒む理由はすでになく、とうとうこの時が来たのだとそう思った。
しかしそう簡単にロマンチックな展開にはなりそうもなかった。承太郎さんは何気ない口調で、こう問いかけてくる。

「もしかして先生は、男とやるのは初めてか」
「あなたが今までどのくらいの経験をしてきたのかは知りませんが、ぼくは男とそういうことをした経験はありません」
「じゃあ、初めてなんだな」
「さっきから、それをあまり強調しないでもらえますか」
「本当のことだろうが」
「もう……いいです」

ぼくは深いため息をついてヘアバンドを外した。目元に降りてきた前髪、そして承太郎さんの視線。何だかんだ言いながらもぼくは、この瞬間を待ち望んでいた。


***


ぼくの唾液で濡れた承太郎さんの性器は、まるで卑猥な色の生き物のようだった。舌と唇で包み、絡めていると硬く大きくなっていく。ぼくの口内でそれは存在を主張するように、びくびくと動いている。
腰を承太郎さんの顔のほうに向け、後ろの穴に指を差し込まれ拡げられている今の状態は、セックスがどれだけ生々しい行為なのかをこの身体に、そして心に刻み込んでくる。 相手が男でも女でも気持ち良くて、ただ愛を確かめ合うだけの生温い行為とは程遠い。指が2本に増やされ、中を探るように動く。
許されない、禁じられた恋なんて今時どこの少女漫画かと思っていた。しかしまさか自分がその立場になるとは、以前は予想すらしていなかった。
恋は障害が大きいほど、激しく燃え上がるという話をどこかで聞いた。今なら分かる気がした、心の底から感じている。
承太郎さんの逞しい胸元を、ぼくの性器からあふれてきた先走りで濡らしてしまうくらいに。身体の奥まで暴かれて、動物のように求め合う行為にぼくは興奮していた。


***


先端の太い部分がぼくの後ろの穴に沈んでいく。

「っ、は……痛い……」

ベッドに向かう余裕もなくソファに仰向けになり、ぼくは承太郎さんの性器を受け入れている。よく考えなくてもこんなところに挿れられて、気持ち良いはずがない。 それでも女と違って、ひとつになれるところはここしかないのだ。

「つらそうだな」

気遣うような言葉をかけながらも承太郎さんは、ゆっくりと腰を進めてくる。やめる気はないようだ。

「承太郎さん、は……他の男とこういう経験をしたことは、あるんですか」

痛みを紛らわせるために、妙なことを聞いてしまった。

「さあ、どうだろうな」
「初めてじゃ、ないですよね」

承太郎さんはぼくの問いには答えないまま、性器を根元まで完全に押し込んだ。繋がった部分を目にしたぼくは、たまらない気分になっていた。身体の中心で反り返っている自身の性器を、今更隠す気にもなれない。 どうせすでに全部、見られているのだから。
1度腰を引いた承太郎さんは、一呼吸置いてから勢いをつけてぼくの中の深いところを強く突いた。

「あ、あっ……はあ!」

きっと自分でも知らなかった感じる部分を擦られたのか、思わず声を上げてしまった。

「ここだな?」

少しかすれた声。短い呟きの後で承太郎さんは、ぼくのいいところを狙って何度も突いてくる。彼の腰の動きと共に揺さぶられ続けたぼくは、理性が完全に吹き飛んでいた。
繋がったまま密着した承太郎さんの上半身は汗と、ぼくの出した先走りで濡れている。
承太郎さんの腰に両足を絡め広い肩にしがみつき、耳元で荒く息を吐く彼の匂いを感じていると、この人はぼくのものではないという現実が腹立たしく、悔しかった。
最後はぼくの中に全て注ぎ込んでほしい。あなたを手に入れられないなら、せめてその熱さだけでも。




back




2011/3/17
編集→2012/12/15