Metamorphose 完璧だ、と露伴は唇に笑みを浮かべた。 自宅の玄関で全身が写る大きな鏡を眺めながら、後ろ姿や横から見た感じを細かく確認する。初めての経験だが、思っていたよりも悪くない。 今、露伴が身に着けているのはいつもの服ではない。落ち着いた色のワンピースにジャケット、黒いストッキング。そして茶髪ロングヘアのウィッグを頭に被っている。 更に完璧を求めるあまり化粧までした自分は、どこからどう見ても完全に女にしか見えない。 鏡の前で得意気にワンピースの裾を翻し、ますます悦に入った。 急に女装に目覚めたわけではなく、何もかも全ては漫画のためだ。 露伴は次の話に出す女性キャラクターの表現に悩んでいた。今までに描いたことのないタイプなので、想像するだけではどうしてもリアリティに欠ける。かと言って適当に ごまかして描くのは自分のポリシーに反する。 スカートが揺れる感じを細かく確かめるため、例の小道に行って鈴美のスカートをめくり上げようとした途端に、本人よりも いち早く気付いたアーノルドに何度も吠えられ妨害された。この犬からは、ここで鈴美に再会して少し経った頃から敵意を示されている気がしてならない。 どうしたものかと考えた末にたどり着いた結論は、自ら女の格好をしてみるというものだった。これなら心行くまで色々と確認できる。 若い女性向けの店に行き、男の自分でも着られるようなゆったりしたサイズのワンピースを堂々と試着し、化粧品売り場で必要な一式を揃え、ウイッグはインターネットで キャラクターのイメージに近いものを探して注文した。 漫画のために経験した女装だが、ある考えが浮かんだ。この姿で町を歩けば、もっと女の気分が味わえてキャラクターの描写に奥行きが出るかもしれない。 露伴は服と一緒に買ったブーツを履き、高揚した気分でドアを開けた。 駅前で手渡された化粧品のサンプルをバッグに突っ込み、目的もなく町の中を歩き続ける。 人にどう見られるかよりも、とにかく自分が満足できればそれでいい。数時間程度だったが、なかなか良い経験になった。これを作品に生かさない手はない。 そろそろ疲れたので帰ろうと思った時、前方から知っている男が歩いてくるのが見えた。どこでも目立つ、白い帽子に同じ色のコート。承太郎だ。 この格好で知り合いに会うのは初めてだが、女の服を着て化粧までしているので向こうも分からないだろう。いつもなら軽く挨拶をしているが、今は他人の振りをする。 すれ違う直前に、目が合った。一瞬見破られたかと思ったが、承太郎はそのまま無言で通り過ぎていった。 いつの間にか緊張していたことに気付く。自分は完璧に化けている。それなのに何故だ。 深く息をついて前に進もうとしたが、背後から突然腕を掴まれて阻まれる。驚いて振り返ると、通り過ぎていったはずの承太郎がそこにいた。 「前から変わっているとは思っていたが、俺の予感は正しかったわけだ」 「……何の話ですか」 「やっぱりな」 うっかり声を出してしまった露伴の耳元に、承太郎の手が伸びる。その指先が触れたのは、イヤリングだった。しかも普段着けているデザインのもので、どうせウィッグで 隠れるのだからと軽く考えてそのままにしていたのだ。 もう他人の振りをするのは無理だと考え、露伴は開き直ることにした。肩を竦めて苦笑する。 「完璧だと思っていたんですけどね」 「歩き方まではごまかせなかったようだな、後は俺を見た時の表情で何となくな」 「イヤリングだけじゃなかったんですか」 まさかそこまで見られているとは思わなかった。やはりこの男は侮れない。 「一応聞くが、それはあんたの趣味か」 「漫画を描くために必要だったからです」 「そうか」 露伴の答えに納得したのか、承太郎の指がイヤリングから離れた。自分でも理由の見えない、名残惜しさを感じた。わけが分からない。 |