身勝手な温度 「熱心だな」 オープンカフェでスケッチブックに鉛筆を走らせていると、背後から承太郎さんが現れた。 真面目な顔でスケッチブックを覗き込まれたが、別に変なものを描いていたわけではないので構わない。 連載用の新しいキャラクターのデザインを考えていたところで、様々な角度からキャラを描いているうちに気がつくとページ一面が絵で埋まっていた。 たまにはこうして外の空気を吸いながら描くのも悪くない。気分や環境が変われば、部屋の中では思いつかなかったアイディアが浮かんでくる。 「先生らしい、斬新なデザインだ」 「ありがちなものを描いても、つまらないじゃないですか」 「もっとよく見せてくれ」 承太郎さんはそう言うと身を屈め、僕の背中に腕をまわして肩を抱いてきた。その瞬間、鉛筆を握っていた僕の手が止まる。驚きのあまり、両肩がわずかに跳ねた。 絵を見るのにわざわざこんなことをする必要があるのだろうか。今日に限って肩の出る服を着ているため、承太郎さんの手のひらが僕の肌に直接触れている。 「最近あんたの漫画を読み始めたんだが、続きが気になっていてな」 「あなたが漫画を読むなんて意外です。これから新しい展開に入るので、今までとは違う舞台にしようと思いまして」 「俺が海がいいんだが。特にヒトデやイルカを出すと面白くなる」 「いや、それはあなたの趣味……」 じゃないですか、と続けようとしたがそれは声にならなかった。僕の肩を抱く手に、ますます力が入ってきたからだ。そこから感じる温度をどうしても意識してしまう。 僕が頼んだ紅茶を持ってきた店員に、承太郎さんは平然とした調子でアイスコーヒーを頼んだ。しっかり僕に密着したままで。当分ここに居座る気だろうか。 あまりにも距離が近すぎて、正直動揺している。なんだこの展開は。 しかし小中学生の女子でもあるまいし、ちょっと肩を抱かれたくらいで大騒ぎするのはみっともない。こちらの反応を見て楽しんでいるかもしれないのだ。 こんな状態を見たら誤解されそうだが、僕達は付き合っているどころか、仗助やジョースターさん繋がりで顔を合わせる程度の知り合いだ。嫌ならスタンドでも何でも 使って振り払えばいい。それを分かっていても何故か、僕の身体は思い通りに動かなかった。 承太郎さんの煙草の匂いや手のひらの温度は不愉快どころか、さっきから僕の気持ちを乱している。同じ男相手に、こんなのは絶対におかしい。馬鹿げている。 僕の肩を抱いている左手の薬指にはまっている指輪を見て、何がなんでも流されるわけにはいかないと思った。どういう気まぐれかは知らないが、せっかく気分転換に 出てきたのにこれ以上何もできないまま日が暮れてしまう。 「あの、さっきから僕の肩に手が」 「肩? ああ……嫌だったか」 「嫌も何も、どういうつもりでこんな」 「冷めるぜ、紅茶」 承太郎さんが、僕の前に置かれているティーカップを指差す。一体どこの誰が今まで飲ませなかったんだという苦い気持ちになりながら、ようやく紅茶を一口飲んだ。 僕の思考がおかしな方向へとずれているせいで、味が曖昧になっていた。 改めて見ると、承太郎さんは整った顔立ちをしていた。薄い緑色の瞳が印象的で美しい。そういえば純粋な日本人ではないと聞いたことがある。 やがてアイスコーヒーが運ばれてくると、承太郎さんは向かいの椅子に腰掛けてそれを飲み始めた。グラスが傾いて、中の氷がぶつかる音。 ようやく腕の中から解放された僕は、再び鉛筆を手に取った。スケッチブックの次のページをめくって描いたのは、連載用のキャラクターではない。 白い帽子を被った、逞しい男の横顔だった。 |