朝食は一緒に 「すまねえな、こんな朝早くに」 ドアを開けて一呼吸置いた後にそう言われてから、今まで虚ろだった意識が急にはっきりしてきた。 帽子の下から見えるその顔からは、すまないという気持ちが全く感じられないのだが、それはいつものことなので仕方がない。 町内を歩けば常に周囲の視線を集める白づくめの服装と、長身で逞しい身体つき。後ろ姿だけでも誰なのかすぐに分かる。 「承太郎さん……どうしたんですか、急に」 玄関に来る前に時計を確認した時、朝の7時前だった。人の家を約束もなしで訪ねてくるには、少し早すぎではないだろうか。 今の露伴の状態といえば酷いもので、とても人前に出られる姿ではなかった。髪は寝癖だらけで、服も寝ていた時のまま着替えていない。 夜中にベッドの中で突然思いついたネタをどうしても漫画にしたくなり、ほぼ徹夜で十数ページを描き上げたばかりだ。あまりにも情熱の波が大きかったため、 スケッチブックにメモしておくだけでは気が済まなかった。 これを次の回に載せれば、自分の漫画の続きを楽しみにする読者が増えるに違いない。 ひとりでも多くの人間に読んでもらえるのは大きな喜びであり、快感でもあった。 「海に行ってきたんだが、ホテルに帰る前にあんたの顔が見たくなった」 「それは光栄ですが、今はこんな顔ですみませんね」 ヘアバンドで押さえていない前髪に触れると、おかしな方向に跳ねていた。ここまで来ると、再びひとりになった後で鏡を見るのが恐ろしい。この状態について突っ込まれ ないのは、やはり気を遣われているのか。 海といえば以前、雨に打たれながら延々と海に居た挙句に熱を出した承太郎と町で顔を合わせ、彼を成り行きで看病したことを思い出した。それがきっかけで交流するように なったのだが、当時から承太郎には振り回されてばかりだった。自分はそういうのが好きなマゾではないので、いつかこちらが振り回してやりたいと密かに考えているものの、 結局あっさり流されてしまいそうだ。 承太郎は露伴の顔をちらりと見た後、 「そろそろ俺は帰る、仕事頑張ってくれ」 「えっ」 このドアを開けてからまだ数分も経っていないというのに、もう帰るのかと驚いた。中に入りたいと言うなら飲み物くらい出してもいいかと思っていた。徹夜明けの 酷い姿を見て遠慮しているのかもしれないが、こんな挨拶程度の時間で気が済んだのか。自分でもよく分からない苛立ちが、胸の内で次第に大きくなっていった。 しかしここで引き止めては、負けた気がする。まるであなたが居ないと僕はダメなんですとアピールしているのと同じだ。誰かにすがりつくような真似はしたくない。 何でもない振りをして送りだしてやろう。別にあなたが居なくたって寂しくありませんよ、僕は忙しい身ですからね。心の中でそう念じながら口元に笑みを浮かべた。 「そうですか、気を付けて帰って下さいね。わざわざ僕に会いに来てくださってありがとうございました。挨拶くらいしかしてませんけど、僕は全然これっぽっちも気に してませんから」 「おい、目が笑ってねえぞ」 「考えすぎですよ」 ドアを閉めようとした途端、外に立っていた承太郎が玄関に上がってきた。ドアの隙間から入り込んできていた朝の空気や淡い陽の光が、大きな身体に遮られる。 あのまま帰ると思っていたので、予想外の展開に言葉が出ない。 「ちょっ、何ですか!」 「実はここに来る前から腹が減っていたんだ、少し食わせてもらえると有り難い」 これでもかというほど顔を寄せられた状態で、そう言われた。露伴は何度か瞬きをしながら、またしても振り回されてしまったと思い悔しくなる。さっきまでは帰る気満々 だったくせに、急に飯を食わせろと要求してきた。一体いつの間に気が変わったのだろうか。 「……別に構いませんけど、まだ何の準備もしてませんよ」 「簡単なものでいい、待たせてもらう」 「ただ待ってるだけじゃなくて、手伝ってもらえます?」 「料理はしばらくしてないんだが……どうなっても知らねえぞ」 どれだけ恐ろしいことになるんだと嫌な予感がしつつ、露伴は靴を脱ぎ始めた承太郎の横顔を黙って眺めていた。 |