Nowhere/4 ベッドに押し倒され、承太郎さんが舌先で僕の乳首を舐め上げるのを見てから気付いた。 始める前にシャワーを浴びておけば良かったと。今日は朝から夕方まで歩き回って、少しだけ汗もかいている。ベッドのそばで服を脱いで、裸で抱き合っている時はすでに 雰囲気に飲まれていた。触れた肌の感触が心地良くて、それを味わうことで精一杯だったのだ。 気を抜いた隙に乳首を強く吸われて、僕はびくっと身体を震わせる。承太郎さんの髪に指を差し入れ、抱き寄せると目が合った。 「夢の中の俺は、どういうふうにあんたを抱いていた?」 「……急に、何ですか」 「俺に抱かれる夢、見たんだろう」 そう言われても、かなり前に見たものなのではっきりとは覚えていない。早ければ目覚めた途端に忘れてしまう、夢とはそういうものだ。しかも現実とはかなり矛盾してい る部分があっても、当然のようにそれを受け入れているという不思議な世界でもある。 僕は漫画のネタに使えそうな夢を見たらすぐに記録できるように、ベッドのそばには常にスケッチブックを置いて寝ている。 しかし承太郎さんに抱かれた例の夢だけは、紙に書き留める気にはなれなかった。 「漫画が一番大事な僕を、好きなように扱えることに優越感を覚えるって、あなたが」 「面白いな……まあ、言われてみれば確かにそうだ。この状況は確かに燃える」 うっすらと覚えている中で、あの言葉は何故か僕の印象に強く残っていた。漫画を描くことが何よりも最優先の僕が、誰かに支配されるなんて有り得ないことなのに。 身を起こした承太郎さんの性器は、いつの間にか勃ち上がり始めていた。男の僕が相手でも、ちゃんと興奮している。そんな事実を目の当たりにしてたまらなくなった。 今まで僕にキス以上の行為を求めなかったのは、それほど深い関係は望んでいないのかと思っていた。子供のようなお付き合いだけで、終わってしまうのかと。 告白される前からずっと、心の奥底では承太郎さんに抱かれたいと思っていたのかもしれない。痛くても苦しくても構わない、そう決意させるほどの価値が彼にはあるのだ。 「こっちに来て、もっと勃たせてくれねえか」 僕はそう言われて承太郎さんの前に両膝をつくと、彼の性器をそっと握って上下に扱いた。その硬さと大きさが、手のひらを通じて伝わってくる。やがて透明な先走りが溢れ、 性器を扱き続ける僕の手を濡らしていった。最初よりも更に大きくなり、反り返っていく様子を見て僕は息を飲んだ。何だか僕も、変な気分になってくる。 「気持ち、いいですか」 「見りゃ分かるだろ……」 「冷たいんですね、もっと僕が嬉しくなるように言ってください」 「わがままな奴だな」 唇が触れ合い、そのまま重ねて舌を絡ませる。その間も僕は手の動きを休めない。承太郎さんの性器はもう、限界まで張り詰めている。苦しくないのだろうか。 僕は再びベッドに寝かされて、自分の性器も腹に届くくらいに勃起しているのをしっかり見てしまった。少しも触れられていないのに。 承太郎さんの指が僕の後ろの穴に触れた。さすがに閉ざされたままのそこを拡げられる瞬間を想像して、僕は思わず固く目を閉じた。 挿入された性器が奥深くまで届き、僕達は完全にひとつになった。 気持ちいいかどうかはまだ分からない。ここまでたどり着くのに少し時間がかかったが、どんなに痛くても僕はやめてほしくなかった。小刻みに腰を動かされるだけでも 辛くて、僕は縋るように承太郎さんの広い背中にしがみつく。例え気持ち良くても、女のようには濡れてこないのだから厄介だ。 こうなった今でも、僕は承太郎さんに離婚をしてほしいとは思わない。どんなに頑張っても、僕と彼が結婚などできるわけがないのだから。あまり多くを望んでいけない。 「僕って、面倒くさいですよね」 「どうしてそう思う?」 「ただ……何となく」 頭の中では答えがまとまっていたはずなのに、それは言葉にならなかった。自分から問いかけておいて逃げること自体、面倒だと思われても仕方がない。まとまっていた答え はもう、散らばってしまって戻せなくなっていた。 何も言えないままの僕から、承太郎さんは性器を抜いて離れた。やはり愛想を尽かされてしまったのかと不安になったが、突然身体をひっくり返されて、僕は承太郎さんに 尻を向ける体勢になった。僕が戸惑っているうちに、再び硬い性器が挿入される。 その瞬間、初めての感覚が僕を襲った。今までは痛くて苦しいだけだったはずが、奥を突かれるたびにおかしくなって声が出てしまう。信じられないほど、淫らな喘ぎ声だ。 「やっぱり、あんたはこっちか」 「ん、あ……どういう、ことですか……っ」 「後ろからされるほうが、いいってことだ」 「そんな、よくわからな……あ、んっ」 本当に、何も考えられない。尻を掴まれながら、腸壁を擦られていくのが快感だった。動物の交尾のようなこの体勢で、僕は身も心も犯されていく。もっと、承太郎さんが 欲しい。乱暴にされても構わないから。こぼれた涙が止められず、シーツに暗い色の染みを作った。 「じょう、たろ……さん、気持ちいい……!」 「……先生」 「そんな呼び方は、いやだ……つらい」 シーツを握り締めながら僕が訴えると承太郎さんは、息を乱しながら初めて僕の名前を呼んだ。露伴、という響きに僕の身体は恐ろしく反応して、承太郎さんの性器を強く 締め付ける。背後で呻く声が聞こえた。僕を突いてくるペースが急に早くなる。 「やっ……はげしいっ、ああ……!」 「出すぞ、露伴」 その直後、僕の中で承太郎さんが大きく脈打つ。熱い精が何度も注ぎ込まれて、僕はうっとりとその感覚に浸った。幸せすぎて、少し前までの痛みや苦しみが全て消し飛んでいた。 「こっちのほうは、まだだよな」 承太郎さんの大きく厚い手が、まだ勃起したままの僕の性器を握る。もうこれ以上気持ち良くなったら戻れなくなりそうだ。そう思いながらも快感には抗えない。 この身体を貪られて、汚されるたびに理性が甘くとろけていく。 昨夜の電話で部屋に誘われた僕は、承太郎さんの部屋の前に立っていた。 このドアを開ければあの人が居る。それでもノックをしようとする手が止まり先に進めない。理由は分かっている。初めて身体を繋いだ時のものとは違う、別の苦しさが僕を 締め付けているからだ。 僕はずっと、自分の全てを知られてしまうのを恐れていた。何もかもさらけ出して、それを受け入れられれば僕はその優しさに甘えて、抑えられなくなる。こんな調子では、 いつか承太郎さんがアメリカに帰ってしまう時に見送るのが辛い。想いが強くなればなるほど、それだけ傷も深くなるのだ。 今ではもう承太郎さんは僕を先生、とは呼ばない。名前で呼んでくるのは、関係が濃密になった証だ。 この町のどこにも居なくなった承太郎さんと、残された僕を思い描いて怖くなり、震えた。 涙があふれる前にまだここにある幸せを確かめたくて、ドアをノックする。開いたドアの隙間から感じた承太郎さんの匂いに引き込まれるように、僕は部屋に踏み込んだ。 |