思い出以上 興味や好奇心。そんなものから始まった、純愛とは言えない歪んだ関係。本気になれば辛いだけの日々は一体どこへ向かい、どのように終わりを迎えるのだろう。 あっけなく捨てられて、惨めな姿を晒すのは御免だ。どうせあの男も、こちらのことは日本にいる間だけ楽しむ相手としか思っていない。 だから、開き直って接していたはずだった。大した期待もせずに唇を重ねて触れ合い、当然の流れで身体を繋いだ。 普通に生きていればおそらく知らずにいた刺激的な経験に、すっかりはまってしまった。 そうやって痛みも快感も貪欲に吸収し続けた結果、いつの間にか決して抱いてはならない感情が生まれた。 もう充分に楽しんだ。手遅れになる前に、終わりにするしかない。 「別れたら話もしたくねえってことか」 買い物帰りに偶然顔を合わせた承太郎に挨拶をして、そのまま去ろうとした途端に腕を掴まれた。無視をしたわけでもないのに、まさかここまで機嫌を悪くされるとは。 「話すことってありますか、特に思いつかなかったもので」 「……てめえ」 明らかに声が苛立っている。 「別に僕たちは愛し合っていたわけじゃない。身体の関係を取ったら何が残るんですか」 露伴が淡々とそう言うと、承太郎は眉根を寄せた。会うたびにベッドで貪り合って、互いに欲を満たす。まさしくセフレの関係だった。 しかしこちらに余計な感情が入るようになってしまったらそこで終わりだ。 本気にはなりたくなかった。別れを切り出した時、承太郎は数秒ほど無言になった後に「分かった」と言い、その瞬間からふたりはただの顔見知りに戻った。 ごつい腕に閉じ込められた時の胸騒ぎも、汗ばんだ身体を抱き締め密着した時の感覚も、これからは2度と味わうことはない。今はこんなに近くにいるのに、妙な気分だ。 「今回の事件が片付いたら、あなたは家族が待っているアメリカに帰るんだ。僕のことを置き去りにして……」 未練がましい台詞を思わず口にしてから後悔した。目を細めた承太郎が身を屈めて、露伴の顔を覗き込んでくる。その表情からは少し前までの苛立ちは消えていた。 「あんたは今の関係が嫌になったと言っていたが、本当は俺に置いていかれるのが怖かったのか」 「自惚れるのもいい加減にしてください、あなたのそういうところが嫌なんです」 「別れてからずっと、あんたのことが頭から離れなくてな」 何故か頬に伸ばされてきた手を避けられなかった。久し振りに感じた熱さに、刺々しい感情が薄れていく。まずい展開だ。別れた相手と醸し出す雰囲気ではない。 「俺との関係は、身体だけだと思っていたのか」 「何を今更、あなたもそのつもりだったくせに」 「最初はな」 胸の奥で鳴り続ける警告音が更に大きく激しくなり、限界だった。頬に触れている承太郎の手を振り払うと横を通り過ぎる。これ以上話を聞いていると、別れたことも何も かもが全て無駄になってしまう。 「僕達はもう、終わったんです。あの時納得してましたよね?」 これから家に帰って原稿の続きに取りかかり、調べ物もする予定だ。こんなところで元セフレの男と揉めている余裕はないのだ。 「……好きだ」 過去形ではない承太郎からの初めての告白に、露伴は背を向けたまま少しも動けなくなった。あのホテルの部屋で何度も抱かれた、とろけるようでどこか苦い思い出以上に、 身体の隅々にまでしみこんで消えない。 |