愛にピアス/3





承太郎がアメリカに帰った後も、電話を通じて付き合いが続いていた。
時差を考えてこちらから承太郎の携帯電話にかけてみたこともあったが、出ない時が多い。自宅にいれば妻子の目もあり話しにくいのかもしれないが。
そういう理由もあり、最近は週に何回か向こうからかかってくる電話を待つようになっていた。こちらはいつでも出られる環境なので、承太郎の都合さえ良ければ誰に遠慮 することもなく話せる。
電話の最中、無意識に耳のピアスに触れた。承太郎と同じ色だと思うたびに、ピアスホールが完成した今でも別のものに変える気にはなれない。
お互いに近況を報告した後、少しの間だけ沈黙が流れた。会話が途切れても通話は終わる気配がない。

「承太郎さんの声、好きです」
『……どうした、急に』
「実は前から思ってたんですけど、言う機会がなくて」

まだこの町に承太郎がいた頃は、一緒に過ごすことが多かったので機会はいくらでもあった。それでも面と向かって言うのは気が引けたのだ。身体の隅々まで見せている相手 に対して、今更すぎるが。

「何か、喋ってくださいよ」

そう言いながら露伴は、受話器を持っているほうとは逆の手で自身の胸に触れた。その後は腹から太腿、最後は股間にたどり着く。ずっと声を聞き続け、そこは勃ち上がり かけていた。ズボンの前を開き、下着越しに性器を指先で引っかくと息が乱れる。ベッドの上で腸壁を探られていた時と同じような、熱が混じった息遣い。下着に染みが広がり、 その部分だけ暗く色を変えた。聞こえてくる承太郎の呼吸にすら反応して、手の動きが大胆になっていく。
ソファの背もたれに身体を預け、直接握った性器を扱きやすい体勢を取る。どんなに小さな声での聞き逃さないように、受話器を強く耳に押し当てた。

『俺の声を聞きながら、毎回してやがるのか』
「ちがっ……今までは、していない」
『じゃあ今日からか』
「そうですよ、あなたと話していたらその気になった。こういう人間ですみませんね」

やけになって、とうとう開き直る。手の中の性器は張り詰め、先走りで濡れている。ばれてしまえばごまかす必要はなく、気が楽になった。

『前だけ扱いて、終わりじゃねえだろ?』
「えっ」
『尻に指も入れて、動かしている時の声も聞かせてくれ。あんたはそっちでもいけるだろう』
「わがままな人ですね……それじゃ、この後で」

結局要求に従う形になってしまう。時々投げつけられる卑猥な言葉を聞きながら露伴は性器を扱き、やがて手の中で射精した。


***


あの日以来、電話がかかってくるたびに何度も自慰をした。承太郎の声に導かれ、想像の中でセックスをする。目を閉じるだけでそばに彼がいるように思えた。 話をしていない時でも、思い出すと身体が疼いてしまう。もう指だけでは足りず、バイブレーターかディルドでも買って試してみようか。
しかし最後の電話から2週間経っても、向こうからはかかってこなくなった。前は数日に1回のペースで必ず電話があったので、妙な胸騒ぎがする。我慢できずにこちらから かけても通話中か、呼び出し音が延々と鳴るだけで電話に出る気配はなかった。一切連絡が取れなくなり、突き放された感覚に陥る。日を重ねていくにつれ、不安は大きくなっていく。 赤黒い色も血管の浮き出た形状も生々しい、大きめのディルドを使って慰めても空しいだけだった。
どうせ許されない関係だった。露伴と離れてからは家族とも上手くやっていて、日本でのことは忘れようとしているのかもしれない。
そして状況は変わらずに1ヶ月が経った頃、露伴は黙々と仕事をしていた。こうして休む間もなく描き続けていれば、思い出して苦しくなることもない。電話の呼び出し音にも 反応しなかったが、しつこく鳴り続けるので渋々と受話器の通話ボタンを押した。

『久し振りだな』
「……」
『仕事が忙しくなってな、あんたから電話が来ているのは分かっていたが出られなかった』

この1ヶ月の間に、アメリカを離れていた日もあったらしい。そして空いた時間は家族と共に過ごしていた。海洋学者として、父親として当然の役目を果たしていただけだ。
頭では分かっていても、これまでの不安定な日々を思い出すと納得できなかった。いつの間にか、こんなにも承太郎に依存していたのか。

「僕は……連絡がつかない間もずっと、あんたのことばっかり考えていた。別れようって言ったのに、引き止めたのはそっちだろう!? 簡単に突き放すくらいなら、あの時終わらせておけば良かったんだ!」

一気にまくし立てて一呼吸つくと、電話の向こうから深いため息が聞こえてきた。嫌な予感がする。

『そんなに辛いなら、終わりにするか?』

あまりにもあっさりとした調子で、承太郎がそう告げてきた。目の前が真っ暗になるという言葉の意味が、今なら分かる。本当に周りが見えなくなるほどの衝撃だった。

「じょうたろ、さん……僕は」

動揺しすぎてまともに頭が働かなかった。別れたかったのはこちらからその話を切り出した時で、今ではない。身も心も完全にはまりこんでしまってからではもう手遅れだ。
別れたくない。この場でどう切り返せば、承太郎は考えを改めてくれるだろう。

『一旦切るぞ、まともに話ができる状態じゃなさそうだしな』
「ちょっ、待っ……!」

慌てて声を上げたが、承太郎は待ってくれず電話は切られてしまった。受話器を持ったまま立ち尽くす。どうしてこんなことに、一体どの時点で間違ったのか。
胸の奥から急速に生まれた熱い衝動に任せて、露伴は耳に着けているピアスを外そうとして強引に引っ張った。そんなやり方で外れるわけもなく、痛みで我に返る。 耳たぶを貫通した軸部分で傷付けたのか、指先から血がにじんでいた。
それは止まることなく溢れてくる。抜け殻になった自分には、対処の仕方が思いつかない。




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2011/11/4