リスキーゲーム 「これ、僕には少し強いみたいです」 中身を一口飲んだ後、露伴は苦笑しながら酒の入ったグラスを差し出してきた。 普段飲んでいる酒よりずっと度数の低いもので、承太郎にとっては物足りないくらいだ。 しかし露伴の頬はすでに赤く染まっている。やりたい放題な性格のイメージからは想像できないが、本人が事前に申告していたとおり露伴は酒に弱いらしい。 そんな彼を何故この居酒屋に誘ったのかと言えば、夜遅い時間でも連れ出しやすい相手だったからだ。ジョセフは夕食後に早々と寝てしまい、高校生の仗助をこの時間に 誘うのは気が引ける。ほぼ消去法のようなものだったが、まだ話すようになってから間もない露伴に連絡を取ってみたのだ。すると意外にあっさりと誘いに乗ってくれた。 ただ、食事には付き合えるが酒は飲めないと言われ、実は酒をメインにしたかった承太郎の願いも満たせる居酒屋に行くことになった。 メニューを広げて好きなものを注文して、互いの仕事の話などで盛り上がった。露伴の創作に対するこだわりは強烈だが、今まで周囲には居なかったタイプの人間なので新鮮だった。 承太郎の酒を味見した後、露伴は再び水や烏龍茶ばかり飲み続けた。もし彼が酔ってしまったら、どういう感じになるのだろう。 「あなたとこんなにたくさん話をしたの、初めてですよね」 日付が変わった頃に店を出て、夜の町を並んで歩く。時間帯のせいか、周りに人の気配はない。通り過ぎる車の音やライトが、時々車道を流れていくだけだ。 話もそうだが、こうしてふたりだけで会うのも初めてだ。今までは必ず仗助やジョセフも居て、そのおかげで話が途切れて気まずく沈黙することもなかった。 「急に誘って、迷惑じゃなかったか」 「驚きはしましたけど、ちょうど原稿も一段落していたので大丈夫ですよ。もしよければまた誘ってくださいね」 なかなかの好感触だ。露伴には知り合い以上の気持ちはなかったはずが、妙に意識してしまいそうになる。 「この町に来て結構経ってますよね、ご家族とは連絡を取ったりしてるんですか?」 「ああ、たまにな」 仕事の都合もあり、あまり家族3人で過ごすことができない。それが原因で妻から責められることもある。娘が熱を出したと聞いた時も、すぐにでも帰って様子を見 たかったが結局妻に任せきりになってしまった。これで娘にも本格的に嫌われたかもしれない。自分は決して、良い父親ではないと自覚している。 「ずっと離れていて、寂しくないですか」 「そうだな」 妻や娘が嫌いになって離れているわけではない。ふたりのことを思い出すと胸が苦しかった。承太郎は帽子のつばを少し下げ、表情を隠す。 しばらく無言でいると、隣を歩いている露伴と手の甲が触れ合った。というよりは、軽くぶつかったと表現したほうが正しい。視線を動かした先の露伴は、その瞬間に 弾かれたように肩が跳ね、慌てて視線を逸らしていた。 そんな姿を見ていると面白くなってきた。今度はわざと手の甲を重ね合わせてみる。そしてそれを軽く押し付けたり擦りつけたりしていると、 まるでセクハラをしている気分だったが、少し前まで酒を飲んでいたせいでテンションが上がって止められない。 もし怒られても、酔っていたと言えば許してくれるかもしれない。そう思うほど、今の自分は調子に乗っていた。 指が絡まった直後、そのままこちらから手を繋いだ。深夜なので辺りは暗く、他の誰かに見られる可能性も低い。露伴は承太郎の手を振り払わなかった。 「寂しいなら、僕と寝てみますか」 「……え?」 「あなたさえ良ければ、僕は構いませんよ。誰にも言う気はないし、それに承太郎さんがアメリカに帰る時も、未練がましく縋りついたりしないので」 懇願や、あからさまな誘惑でもない。露伴はやけに冷静な目と淡々とした口調で、かなり大胆なことを言っている。承太郎はその気になるどころか、悪い予感がした。 「せっかくだが、遠慮しておく」 「僕が男だから? それともご家族に申し訳ないとか?」 「いや、違う」 手が触れただけで動揺していた時と、こうして身体の関係を持ちかけてきている時の露伴が、全く繋がらない。直前まで自分から承太郎の妻や娘の話をしてきたくせに、 寝るだの寝ないだの、一体どういうことだ。しかもそういう雰囲気にもなっていない。安易に誘いに乗って、踏み込んでいくのは危ない。 高校時代に敵のスタンド使いと、自身や母親の魂を賭けたギャンブルを繰り広げたことがある。手の内を見抜かれれば全てが終わるという危険な戦いだったが、怖いものなど なかった若さのせいもあり、強引に押し切った末に勝てた。 あの時の自分なら、今の状況ではどういう決断をしただろうか。 繋いでいた手を離さないままで、露伴は表情を緩めた。 「すみません、実はあなたを試したんです。もし誘ったらどういう反応をするかなって」 「本気じゃなかったのか」 「僕はまだ承太郎さんのことをよく知らないし、いくら何でも早すぎる」 キスもしてないのに、と真顔で呟く露伴の横顔を眺めていると、やはり誘いに乗らなくて正解だったと心の底から思った。 酒が入っていても、理性は残っていたのが幸いだった。酔った勢いだけでどうにかなっていたらと考えるだけで、冷や汗が出る。 唐突に顔を上げた露伴が、鋭い視線をこちらに向けてきた。 「もしかして僕が、興味本位で誰とでも寝るような人間だと思ってました?」 「どうしてそうなる」 「僕だって、そういう相手はちゃんと選びますよ。経験だけが欲しいならスタンドを使えば済みますから。そもそも好みじゃない奴なんか誘わないし! って、僕……何言ってるんだか」 露伴は目線を少しずつ下げていき、最後は俯いてしまった。はあ、と片手で頭を抱えて深刻そうなため息までつく。 何やらとんでもないことを聞いた気がしたが、混乱している露伴の様子からしてあまり深く突っ込まない方がいいようだ。 男ふたりが深夜の歩道で、手を繋ぎながら向き合っている。色々ありすぎて酔いが醒めてくると、異様な光景だと今更ながら感じた。しかし、離すタイミングが掴めない。 「後少しで、僕の家に着くんですけど」 「……ああ」 「それまでは、このままでいたい」 承太郎の手を握っている、露伴の力が強くなった。 正体の見えない何かに、心が侵される。それは前触れもなく、恐ろしいほど確実に。 |